山から吹く新緑の香りを乗せた風が2人の間を通り抜け、ただ立ち尽くすしかない俺の髪を優しく揺らした。そして同じく、離れていく要の髪も…。
「…要!」
 伝えたいものを、言葉にも、形にもできなくて。けど何も伝えられないまま終わりたくなくて。
 まだだ。まだだ。
 例え明日の同じ時間に遠くに離れているとしても、今はまだ、同じ風が2人の髪を同じように揺らす…そう、要が俺の隣に、俺が要の隣にいた、あの日々と同じく…。
 まだ2人は、同じ場所にいる。
「要!」
 そんな簡単で、だからこそ気付くのは難しいことに気付かせてくれたのは…要、君なんだ。
「要!」
 だからどうしても伝えたくて。
「要!」
 だけど、名を呼び続ける……それが、自分にできる唯一のことだった。
「要!!」
 まるで狂ったように、今も俺のいちばん近くにいる人の名を、ただただ、叫び続けた。
「要!! ――かなめ――!!!」
 要は、振り向かなかった。
 振り向くことなく、眼前に続く陽炎に揺れる1本の細い道を、この7日間、共に過ごしたあの家へと歩み続ける。
 ようやく、要の名以外の言葉が出たときには、もう、その背は遥か遠くて。
「俺は必ず、要に会いに来る!!」
 届いているのかいないのかわからない。けれど…それならば。
「約束する…!!」
 いつか、伝えるから。
「必ず…必ず、要のいるこの場所に、戻ってくるから……!!!」

 ほんの少しの間だったとしても、君と生きることができて…俺は、本当に本当に幸せだったんだよ。