―――夏。
 寒がりな俺にとって冬などとは比べものにならないほど素晴らしいと思える季節。
 あちらこちらで見かける、この強い陽の光によって急成長を遂げた向日葵と背比べをしてみたら、相手に余裕の軍配が上がった。
 新緑で被われた山の上に広がるのは真っ青な空。
 …わからないけれど、涙が出た…。
 通り過ぎていく風も、半端じゃなく煩いセミの鳴き声も、広い広い地球の中に存在する有限だけれどもどこまでも続く空も…この眼前に広がるもの全てを、風に揺れるほんの小さな動きまでもを見落とすまいと、瞬きするほんの一瞬でさえも惜しむかのように、微動だにせず無言で隣に立ち、食い入るように見つめ続ける君も…何ひとつ忘れないように目を閉じ…そして最後に君を想って、すぐ隣にある君の手を握った――。
「ありがとう」
 要は、小さく小さく、呟いた。俺もようやく、ゆっくりと瞼を上げ口を開く。
「ありがとう」
 太陽の強さを全身に感じながら、ふたり、並んで…。
「ううん…」
 首を振りながらそう答え、足元に目を落とす要。
 そしてもう一度、
「ありがとう、ございました…」
今度は6日前初めて出逢ったときでさえ使わなかった敬語で、俯いたまま、要は呟いた。
「急になに改まってんだよ…」
 繋いだままの手とは逆の手で、今まで何度となくやってきたように要の頭を撫でると、俯いていた顔がようやく上がった。今日初めて見えたその真っ直ぐな瞳に微笑ってやる。
「…ここに来て、良かった」
 最後の…要の頭を撫でるという仕事を終えた手を、元あった自分の身体の右側へと戻し、
「本当に良かった」
そう、俺はもう1度続けた。
 ぎゅっと…強く強く、握られた手に痛いくらい力が入れられるのを感じ、俺も、手に力を込める。
 痛くても、これは絆だから。
 だからこそ…どうか、消えないように…痛みでさえも求めてしまう。
 要は黙ったまま…もうひとつの空いた手でも俺の左手をぎゅっと握り…。
「…もう、行った方がいいよ」
 目を逸らし、顔を背け。
 強く握り合っていた手を離し、俺から、1歩、後退(あとずさ)る。
 急に居場所を無くした俺の左手は、しばらくそのまま放っておかれていたが、右手とは反対の位置に新しい居場所を貰った。