マッチに火を付け、蚊取り線香のいちばん外側の端に近づけると、小さな赤い火が蚊取り線香に移り、少しだけゆらゆらと揺れた。
 俺の右手のマッチの火を、要はフッと吹き消し、同じように俺の左手の蚊取り線香で未だ揺れていた火にも、まるでケーキの上の蝋燭(ろうそく)を消すようにまた息を吹きかけた。細い煙が昇り始めた蚊取り線香を線香皿に乗せ、俺が自分とは反対側に置いたのを見計い、俺の左太股に頭を乗せてごろんと寝転ぶ要。
「寝るなよ」
「がんばる」
 左手で団扇を扇ぎ、少々頼りない返事をする要の頭を右手で撫でる。こうすることが、いつの間にか自然になっている。要も、何も言わず、俺が最も撫でやすい位置へと頭を移す。
 空には月。少し欠けた、大きな月。
 今晩と同じく強い月光が世界を照らす中、俺は、同じくここで、要と出逢った。
「要、肌白いよな」
「変な目で見ないでよ」
「見てないって。単に事実を率直に述べたまで」
 子供だねぇとからかうとまた、要はいじけるように、子供だもんと返す。
 俺が笑うと、要も笑う。こういう時間が好きだ。
 今まで知らなかったことがここには溢れ、それらは俺を受け入れてくれ、そして俺も受け入れた。それだけじゃない。忘れていたような自然な感情…それが次々に俺の中に入ってきた。俺が受け入れる・受け入れないに関わらず、それは心に根付き、小さな芽を出し、背を伸ばし…。
「…要」
 その中でも、未だ発展途上の…いや、永遠に発展し続ける、この……。
「要…バースデイ・イヴ、おめでとう」
 この、不思議な想い。
 いつからかポケットの中の腕時計が日付の変わりを告げる為に鳴り始めていた。
「ふえ?」
何か間の抜ける声を発し、要は、ぐるりと頭を回転させて空に向けていた顔をこちらへ向けた。不思議そうに、
「イヴ?」
俺を見上げる。
 大きくて淀みのないその瞳が、
「…明日はもう、一緒にいないから」
少しだけ揺れたのがわかった。
 ゆっくりと体を起こし、俺を真っ直ぐにじっと見つめる要。
 どうか、俺が、泣きませんように…2人を照らす月にそう願いながら、俺は精一杯微笑った。