「荷造りしてるの?」
 夜、スポーツバッグの中に陽の匂いのする服を詰め込んでいると、要が隣にやってきた。バッグの中を覗き込む。
「いいモンなんて何も入ってないよ」
 下着なども入っていて恥ずかしかったので、急いでバッグを閉めた。
 要が俺を見上げ、その淀みのない大きな瞳で俺をじっと見つめる。
「もう終わったの?」
「うん」
 最初の晩はおばあちゃんが手慣れた様子で蚊帳を張ってくれたが、それでも俺が張るのは今晩でもう5回目になるというのに相変わらず悪戦苦闘。要も蚊帳を張るのには慣れているようだが、手伝おうとせず俺が蚊帳を絡ませしどろもどろする様子をいつも楽しそうに笑って見ているだけ。
「手伝えよ」
「やだ。姫がそうしてるのを見るの楽しいんだもん」
「人の不幸を見て笑うな」
 結局要は手伝ってくれず、内側に敷いた2人分の布団にようやく潜り込んだのは午後11時40分過ぎ。しかし蚊帳の中にいるのは要だけ…。
「檻みたいだな」
「何それ。私が動物園の動物とでも言いたそうな言葉」
「看板立ててやろうか?『サル目ヒト科・カナメ』ってさ」
 さっきの仕返しのつもりで、怒る要を檻…もとい蚊帳の外から笑い終え、要の機嫌を元に戻すと、もう、55分を過ぎていた。
「もうこんな時間…要、ちょっと付き合って」
 不思議そうに俺を見る要を背にし、俺は障子を開け、縁側へと出た。
「姫、明かり消していい?」
「うん」
パチン…という小さな音と共に、俺達の世界を照らすのは月光唯ひとつだけとなった。
 要が縁側へ出てくると同時に、俺はまた部屋の中へ。蚊取り線香とマッチ、そして団扇を拾い上げてまた縁側に戻ると、要がちょこんと座っていた。俺はその右隣に、障子を背にして腰を下ろす。