「だからね!中島」

楽しそうに話す男女。ただの帰宅という行動のたった数秒が、とても幸せだった。

「うん?」

中島は、前を歩く1人の学生に気付いた。

「話…聞いてる?」

自分の顔を覗き込む女に、中島は微笑みながら、

「相原…ごめん。ちょっと友達と話があるんだ。ごめん!」

そう告げると、前を歩く学生に向けて走り出した。

「中島!?」

あまりの突然のことに、女は中島の背中に手を伸ばした。しかし、その手が届くことはなかった。

「まったく…何よ!」

手を下ろした後、少しムッとする女の後ろから、声がした。

「理香子?珍しいな。1人なんて…」

「ついさっきまでは、2人でした!」

その声に振り返った理香子は、頬を膨らませて睨んだ。

「う!」

理香子のそんな顔を見て、思わずたじろいだ女に、今度は泣きそうな顔をして、駆け寄る。

「聞いてよ!真弓!」

「うう…。わ、わかった。話を聞こう」

なぜか…後ずさる九鬼を、逃がさないというように、理香子は両手で抱きついた。






「高坂!」

背筋を伸ばし、ぶれることなく歩く高坂に、中島は駆け寄りながら、声をかけた。

「うん?中島か…」

振り返った高坂は、中島の姿を認め、フッと笑った。

「あ、あのさ…」

自分から声をかけておいて、中島は口ごもってしまった。

そんな中島から視線を外すと、高坂はまた前を向き、真っ直ぐに歩き出した。

「…」

中島は隣を歩きながら、鼻の頭を指でかいた。タイミングを外してしまい、中島は言いたいことが言えなくなった。

しばらく、無言で並んで歩いた。

そんな無駄な時間を、高坂から破った。

「まだ…幾多は、捕まっていない。いや…捕まるはずがない」

「え…」

中島は思わず、高坂の顔を見た。真っ直ぐに前だけを見ているように見えて…高坂は、どこも見ていなかった。

それに、高坂の口から幾多という名前が他人のように出るのも、おかしな感じがした。