しかし…今、幾多にナイフを突き付けられたら、逃げる術はない。

時間を稼ぐ為にも、何か言わなければならないのに、これ以上言葉がでない。

そんな真を見て、幾多は苦笑すると、バスの前へと歩き出した。

「成る程…そうかもしれないな」

幾多は頷くと、ちらっと通路に転がる遺体を見てから、前の降り口に向った。

そして、一歩降りると、下から真に顔を向け、

「ここは、狭い。外で、ゆっくりと話さないか?たまには、いいだろう」

それから、その後ろの乗客達にも声をかけた。

「他の方も、文句があったら聞くよ。外に、おいでよ」

しかし、そんな幾多の言葉を信用するものはいない。

外に出て、あわよくば逃げられるかもしれないが、もうすぐ警察が来る。

動かない方がいいと、判断する者が多かった。

それに、警察が来ることを知っている幾多が、そのまま逃走する可能性もあった。

逃げてくれてもいい。

皆、そう思った。

だから、幾多の言われた通りに、外に出る為に歩きだした真の行動を、乗客は信じられなかった。
乗客は、彼らが兄弟とは知らない。

(逃がす訳にはいかない)

真は、妹の仇であり兄でもある幾多を、このまま逃がすつもりはなかった。警察に突き出し、裁いて貰うつもりだった。

だから、外に出ることにした。

その時、真がもっと冷静ならば…多くの人々を助けることができたかもしれなかった。

犯人の死体を跨ぎ、運転手の横を通ると、真は外に出た。

先に外に出て、待っていた幾多は腕を組み、バスから降りてくる弟を見つめた。

そして、真の足が地面につくと、幾多は顎でついてくるように促し、バスに背を向けて歩きだした。

「どこにいくんだ!」

真は、バスから離れていく幾多の背中を追いかけた。

幾多は、真に見えないように、にやりと笑った。

「よかった…何とか、間に合ったよ」