それに…さっきから、男はバスジャクをしながらも、金などを要求していない。

「走れ!止まるなよ」

運転手の首筋に、少しナイフを押し付けながら、にやにやと笑っていた。

まるで、恐怖を与えることだけを楽しんでいるような。

こんな子に、誰がしたんでしょうか。



幾多の能力は、その洞察力だった。

(学生だが…何か退廃的な雰囲気があるな)

心の中で探りながら、幾多は犯人の心理を分析していた。

楽しんでいるように見えて、やけくそのような印象を受けた。

(成程…思い通りにならなかったか)

学生の時代が終わると、社会にでる。

今まで好きにやっていた環境が、変わる。

同世代の集まりから、世代をこえた付き合いになる。

就職活動の途中で、おかしくなる者はいる。

特に、爆弾を作れる程…優秀なやつなら、尚更だ。

(そんな中での不満や、不安が、こういう行動に出させたか)

幾多は欠伸をした。

(興味深いが…退屈だなあ)

バスジャクなどはやりやすい。

密室内で簡単に、恐怖で支配できる。

しかし、バスの周りには…広い世界が広がっている。

つまりだ。

いずれ…バスの中から出た時、すべては終わるのだ。


「おい!おっさん!右に曲がれ!」

犯人はナイフを突き付けた運転手に、公道を離れるように命じた。

(なるほど…一応、考えてるのか)

公道を外れ、山の方へ向かうバス。

幾多は、そのバスの中で、少しの違和感に気づいていた。

自分と反対側に座っている三人の学生。

パニックになり、バスの後方に集まっていた人々と違い、彼らは参考書や、教材を読んでいた。

その中の1人が参考書を閉じると、携帯を開き、時間を確認した。

そして、溜め息をつくと、席から立ち上がった。

「おっさん。もうやめてくれるかな?塾に間に合わなくなるだろ」

一番前に座っていた学生が、犯人の前に来た。

「貴様!座っていろ」

犯人がナイフを、運転手から学生に向けた。