「幾多君…」

女医は乱れた白衣を直しながら、幾多を見上げた。

「僕が想像できない世界を見ることができる…あいつが、少し羨ましい」

幾多は自嘲気味に笑い、

「だけど…」

そして、しゃがむと、女医と目線を合わした。

「あいつも、僕の世界は理解できない」

「あっ」

幾多は、女医の両肩を掴むと、そのまま後ろに押し倒した。




「チッ」

幾多は軽く舌打ちした後、頭をかいた。

(何だろう?この虚しさは)

保健室を出て、廊下を歩く幾多は、少し苛ついていた。

その理由は大体、わかっていたが、クールでないと、自分を恥じていた。

学校自体は、嫌いではない。

しかし、そこに通う生徒が気にいらないのだ。

普段なら、そう思っていても、そんなことを考える暇はないのだが…。

残りの授業が終わると、幾多はさっさと学校を出た。

行く場所があるからだ。

ほぼ毎日通っていることが、自分でも信じられなかった。

そんな感情があることに、驚いていた。

もう一ヶ月は経つ。

幾多が真っ直ぐに向こう場所は、病院だった。

もう夜になると、病院は静かである。

夕陽が沈んで、月明かりが照らす中…幾多は、足音が響く廊下を歩いていた。

そして、ある病室の前で止まると、一呼吸おき、ドアを開いた。

灯りもつけていない病室に、幾多は入ると、奥のベットまで歩いた。

そして、白いベットの上で眠る女の子の顔を覗きこんだ。

「調子は、どうだい?涼子」