(どこで会った?)

思いだそうとしても、思い出せなかった。

「…」

そんな九鬼を見て、理沙は話すのを止めた。

笑顔を浮かべ…相槌をうっていても、目の色が違った。

「ごめんなさい。呼び止めちゃって」

理沙は突然、頭を下げると、その場から走り去った。

「え、あっ」

突然の行動に、九鬼は反応が遅れてしまった。

(相槌ばかりで、少し…失礼だったか?)

慌てて振り返り、謝ろうとした九鬼の背筋が凍り付いた。

「な!」

思わず、声が出た。

それでも次の瞬間、九鬼は全身に気を巡らすと、構えながら再び前を向いた。

「!?」

そこは、誰もいなかった。

九鬼の構えた右手が、震えていた。

(い、今の感覚は!?)

九鬼は思い出した。

昨日の朝、西校舎の屋上で…自分を襲撃した女神の気配であると。

(女神…ソラ!)

その名を思い出すだけで、九鬼の心に恐怖がよみがえった。

全身が震えた。

しかし、だからこそ…九鬼は笑った。

(恐怖を感じるからこそ!)

九鬼は、逃げそうになる足を逆に向けた。

(前に出る!)

廊下は真っ直ぐだけではない。右の壁、2メートル先に曲がり角があった。

恐らく…女神は曲がったところにいる。

(行くぞ!)

九鬼は、前に飛んだ。

そして、着地と同時に、回し蹴りを右の角に叩き込んだ。

しかし…九鬼が蹴ったのは、何もない空間だった。

(いない!どこにも)

周囲を探したが、もう気配を感じない。

それによって、落ち着いたのか…すぐに緊張が解れていく自分の体に、舌打ちした。

(チッ!こんな心では、戦えない)

九鬼は唇を噛み締めると、苛立ちを隠すように、ゆっくりと歩き出した。

(もっと強く!せめて…心だけでも)

そう思いながら、その場から去っていく九鬼の背中を見送る影があった。

九鬼が蹴りを放った空間に立つ…人影。

いつのまに現れたのか…それとも、さっきからずっといたのか。

それは、わからなかった。

しかし、今は…確実にいるのだ。九鬼を見つめながら…。