「うん?」

朝の少しひんやりした廊下を歩いていた美亜の前に、1人の女が立ちはだかった。

「おはよう」

満面の笑顔を向けているのは、綾瀬理沙だった。

美亜は、心の中で顔をしかめたが、表情に出すことはない。なぜならば、ここは学校である。

「隣のクラスの綾瀬理沙です」

(フン)

美亜は、心の中で鼻を鳴らした。

そんな美亜の心を知ってか知らずか…。理沙は、美亜に近づいてきた。

そして、真横に立つと…囁くように言った。

「知ってますか?今度…選ばれた者だけで、とある島に行くらしいですよ。勿論、わたしも…」

理沙は、無表情を装う美亜の横顔を見つめ、

「赤星浩也も」

「!?」

「修練の島らしいですよ。そこで…」

理沙は、さらに小声で美亜にしか聞こえないように囁いた。

美亜の見開いた瞳を確認しながら、理沙は頭を下げ、そのまま通り過ぎた。

(チッ)

美亜は舌打ちすると、振り返ることなく…普通に前へ歩き出した。



美亜とは逆に、理沙はにやりと笑っていた。

(これでいい。天空の女神がいなくては…話が進まない)

軽やかな足取りになる理沙の前から、今度は九鬼が歩いて来た。

「真弓!」

九鬼の姿を認め、理沙が声をかけた。

「うん?」

九鬼は突然、下の名前を呼ばれた為、近づいてくる女生徒を見て立ち止まった。

生徒会長である九鬼に、声をかけてくる生徒もいる。しかし、下の名前を呼ぶものはいない。まして、こんなにも気安く…。

しかし、そんなことぐらいで、気分を害する九鬼ではなかった。

「はい」

笑顔で、返事をした。

「もう…傷は、大丈夫なようね。よかったわ」

親しげに話しかけてくる理沙に、

「ありがとう」

と答える九鬼。

そんなやり取りをしながら、九鬼は胸に痛みを感じていた。

(誰だ?)

まったく思い出さない。

なのに、体は覚えていた。

この女を知っていると、九鬼に告げていた。