轟はカップを置くと、

「それなのに…人種で区別をつける。そんなに、区別をつけたいならば、もっと細かく区別すればいい。個にまで区別したならば…人は誰とも違うと気付きますよ。ならば、差別など無意味と知るでしょう」

店員は洗う手を止めると、

「人間は弱いの。だから、仲間を作りたがる。差別したがる。人間はみんな違う。だから、尊重し合うなんて…よっぽど、強くないと言えないわ」

「そうですかね」

轟は自分の手を見つめ、

「俺は…強くないですよ」

自嘲気味に笑った。

そんな轟を見つめた後、

「あたしは…」

一度言葉を切り、

「自分の弱さを認めて、とことん落ちたら…人間って、強くなるしかしないでしょ」

轟に笑いかけた。


彼女は、アメリカ地区よりこの町に逃げてきた。 音楽をやりにだ。

アメリカは、彼女達の音楽を評価しなかった。この地区は、彼女達黒人の音楽を芸術と認めた。

しかし、彼女は歌手にはなれなかった。

アメリカよりは、黒人である彼女の歌を認めてくれた。

だが、彼女自身は歌で食えることはなかった。

一枚のシングルだけをリリースして。

食堂の昼下がり。

魔力を使えなくなった為、手動のゼンマイで動くレコードプレーヤーに一枚のシングルが回る。

流れる音楽に、しばし耳を傾けた後、轟はお金をカウンターに置いた。

「ご馳走様でした」

そして、最後に笑いながら、

「いい歌ですね」

「ありがとう」

店員も笑顔で返した。


そんな会話で十分だった。

彼女がここまで来た…意味があった。

「また、ここの地域に来たら、寄りなよ」

「はい」

轟はそう言うと、町を出た。

一度だけ足を止め、空を見上げた。

この空も、どこにもない。

「もっと…優しく話すべきだったかな」

最後に、会えなかったリタのことを思い出した。

しかし、過去を悔やんでも仕方がない。

「そういえば…龍の逆鱗が見たいと言ってたな。まだ無理だな…」

頭をかくと、元気にやっていることを願いながら、轟は故郷へと旅立った。