風が冷たかった。

この星で一番高い山の上に降り立ったライはただ…下界を眺めていた。

「…」

虚ろな瞳でも、映る景色は美しい。

しかし、折角の視覚の情報も…本人が認めなければ、意味がない。

「…」

ただ無言で立ち尽くすライの後ろに、誰かが立っていた。

「雷…」

その声に、ライは聞き覚えがあった。

だが…ライは振り返らない。

なぜならば…それは幻だからだ。

「お前はまた…多くの人間を殺すのか?」

後ろに立つ男の声に、ライは微かに微笑んだ。

「俺のようにな…」

ライの後ろに立つ男は、日本軍の制服を着ていた。

「本田…」

ライの口から漏れた男の名は、本田有利。

かつて、実世界で知り合い…魔王レイに捧げた男。

「いや…違うな」

ライは一度目を瞑った後、振り返った。

「早百合か」

そこには、白髪の女が立っていた。

ライが目を細めると、女は若返り…知り合った頃の少女に戻った。

「やっと…あなたに会えた。あの人の仇である…あなたに…」

あどけない笑みを浮かべる早百合だが、目は笑っていなかった。

どす黒い目の色が、闇に落ちていることを物語っていた。

「あたしの子供が…必ず…仇を討ってくれる」

早百合の顔が、満面の笑みに変わる。

「早百合…」

ライの細められた目が、ゆっくりと見開くと、その幻も消えた。

いや、それは幻ではなかった。

「この世界に来てたのか…」

ライは、ゆっくりと目を瞑った。

「そして…死んだか」


早百合。その女は、本田有利の婚約者だった。

若く聡明な女。

ライは、珍しく…彼らとうまがあった。

レイの命令で、生命力の溢れた人間を探し、彼に捧げる命を受けていた日々で、有利と早百合だけが、ライと気があったのだ。

「人間…か」

ライはフッと笑った。

「変わった生き物だな。死んでも化けて、出るとはな」