「ここが…あなた様のお部屋となります」

ついこの間まで、人神として弟が住んでいた部屋。

黄金でできた部屋もまた、外観同様に悪趣味である。

アスカは、部屋を見回した。

「どうですかな?」

後ろに立つゲイル・アートウッドの言葉に、アスカはええと頷き返すだけだった。

アスカには、ほとんど視力がなかった。

薄暗い部屋に、ずっと閉じ込められていた為に、目が退化していたのだ。

彼女はあくまでも、弟の補充要員であり、彼の跡継ぎが生まれ育つまでの保険であった。

人神で一番大切なのは、血の繋がりであった。

誰にでもなれない。


それが、人神を特別な存在にしていた。

だからこそ、彼女のような存在がいるのだ。

アスカは、うっすらとしか見えない目で、部屋中を見回した。

それは、内装や調度品を確かめる為ではなく、弟の残り香を探していた。

彼女は弟と、ほぼ面識がない。

ただいつも…自分の上にいる。それだけが、わかっている存在だった。

人神として、自分よりは幸せな暮らしをしていることだろう。

それを羨ましく思っていたのではなく、ただそのことで安心できたのだ。

自らの唯一の家族が、幸せにいること…それが、彼女の願いだった。

だから…できることならば、世継ぎをつくり、寿命がつけるまで、元気なままで亡くなってほしかった。

その結果、自分が処分されても…アスカは恨むことなどなかった。

それなのに…。

アスカは、睫毛を伏せた。

「いかがなされた?」

ゲイルの言葉に、アスカは首を横に振ると、笑顔を浮かべた。

――笑顔。

アスカになぜ…笑顔ができたのは、彼女にはわからなかった。

赤ん坊が、笑顔をつくるのは、自分を見て笑う母親の顔などを真似ていると言われている。

――母親。

その記憶も、アスカにはなかった。

ただ一つだけ、理解していることがあった。

母親もまた…地下にいたのだ。

「これから…あなた様が、民衆に姿を見せる為の部屋を案内致しましょう。まあ…年に二回程しか使いませんが…」