「うん?」

本格的に降りだした雨にも、傘をさすことはできない。

なぜならば、九鬼の前に…闇達が立っていたからだ。

「九鬼真弓!」

闇の群れから、蛇のように蠢く長い首が飛び出して来た。九鬼の目の前で、その先端がバナナの皮を剥くように裂けると、中から三つ目の女の顔が現れた。

「ここから先へは、行かす訳にはいかない」

にやりと笑った女の口から細長い舌が出て来て、九鬼の頬を舐めようとした。

九鬼は無言で、舌を左手で掴んだ。

女の舌は強い酸を分泌しているようで、九鬼の手の平が焼けた。

肉が焼ける音と匂いを嗅いで、女は歓喜の声を上げた。

「やはりいい!人間の痛みの音は!そして、焼ける匂い!堪らない!」

恍惚の表情を浮かべる女の顔は、次の瞬間…苦痛に歪んだ。

「ぎゃあああ!」

女の舌は、力任せに引っこ抜かれたのだ。

「フン!」

九鬼は気合いを入れると、絶叫を上げる女の顔に回し蹴りを叩き込み、

「ぎ、ぎざま!」

間髪を入れずに、引っこ抜いた舌の女の目に向って投げつけた。

女は反射的に目を瞑った為に、眼球が焼けることはなかった。

「よぐも!」

首を振り、舌を顔から落としてから、目を開けた女の瞳に…右足を天高く上げた九鬼の姿が映った。

降り落ちる雨を切り裂いて、九鬼のかかと落としが、女の脳天に突き刺さった。

そのまま、九鬼は力を込めると、女の頭を地面に押し付けた。そして、ぎゅっと踏みつけながら、前にいる闇達を睨んだ。

「貴様達に問う!誰の差し金で、あたしを狙う!まさか…テラか?」

「フフフ…」

九鬼の言葉に、闇達が笑った。

「…」

踏みつける力を増しながら、九鬼は闇達を睨んだ。

「フフフフフフフフフ…ハハハハハハ!!」

笑いは、含み笑いから、爆笑に変わった。

それでも、九鬼は睨み続けた。

「テラだと!ハハハハ!」

闇の中では、腹を抱えて笑うものもいた。

「なぜ我々が、虫けらから生まれたやつに従わなければならないのだ!」