「あれは…」

コーヒーを入れていたマスターには、突きだした加奈子の手にあるものに見覚えがあった。

紫の光が、加奈子を包み…彼女を乙女パープルへと変身させた。

「月の女神の使徒」

マスターの呟きを、綾子は聞き逃さなかった。

変身する時の眩しさにも、目を瞑ることがなかった綾子は、加奈子の姿を見つめながら、マスターに訊いた。

「月の女神…いや、月の使徒とは、何だ?」

綾子は、月の女神に関しては知っていた。

この世界を創造した神。だが、人間の男を愛した為に、神であることを捨てた女。

「恐れながら申し上げます」

マスターは話し出した。

その間、テーブル席に座っていた千秋がカウンターに入り、コーヒーをカップに注いだ。

「月の使徒とは、我らが妖怪と言われていた頃…月の女神が、人間の為に与えた神御衣(かんみそ)の一種を身につけた戦士のことです。別名…月影」

「月影」

眉を寄せた綾子に頷き、

「ただし…すべての人間が、なれる訳ではございません。月に選ばれた者のみとなります」

「なるほど!面白い」

綾子はにやりと笑うと、

「その力を、敵であるはずの我々の同士が手にしたとはな!」

「仕方がございません。遺伝子レベルまで潜った我々が、人間から目覚めることは、本来ならば…あり得ないこと」

マスターは、乙女パープルとなった加奈子の背中を見つめた。

「しかし!今は、あり得ないことが平然と起こる時!」

綾子は、加奈子に背を向けると、

「その力を知りたい!あたしと真剣に戦え!」

茶店から出ていこうとした。

「め、女神!」

慌てて止めようとする山根を睨み付け、

「お前は、あたしが負けると思っているのか?」

「め、滅相もご、ございません」

怯える山根を見て、綾子は口許を緩めた。

「それにだ。ああいうタイプは、教えなければならない。力の差をな」


カウンターの前に立ち、無表情を装っている加奈子は、内心ではほくそ笑んでいた。

(やつを殺して、あたしが上に立つ)