先程までの死闘が嘘のような…日常の会話が、九鬼にはおかしかった。

だけど、気を緩める訳にはいかない。

九鬼は人並みから外れ、足を止めると、真剣な表情になった。

「結城」

「何よ」

「気をつけて」

「大丈夫よ!あたしは、あんたと違って、進んで戦いには行きませんから」

「だけど…」

「九鬼の心配症!大丈夫だからね!」

「わかったわ」

九鬼は、これ以上言うのを止めた。

「明日!よろしく!」

最後にそう言うと、電話は切れた。

九鬼はしばらく、切れた電話の音を聞いていた。

そして、ため息とともに、空を見上げた。

街灯の明るさで、星は見えないが…月は見えた。

群青の空が、今日は濃い。

九鬼は、立ち止まることのない人通りの中で、しばし月を見上げていた。






「まったく!心配症なんだから…」

受話器を置くと、結城里奈は頭をかいた。

「ぎりぎりだったじゃあない」

小銭がなくなりかけていた。

携帯代を払えない女子高生に、余裕がある訳がなかった。

「でも、これで…何とか助かる!」

気が楽になった里奈がスキップして、公衆電話から離れると、そばを歩いていた男にぶつかった。

「すいません…」

巨大な壁にでも激突したかのように、跳ね返り…アスファルトの地面に尻餅をついた。

「…」

大丈夫の一言もない相手を、軽く睨みつけたくなった里奈は、顔を上げて絶句した。

3メートルはある巨体が、自分を見下ろしていたからだ。

しかし、その目は里奈ではなく、そのそばに落ちた眼鏡ケースに向けられていた。

「あ!」

巨人の視線から、里奈はぶつかった衝撃で、ポケットから落ちた乙女ケースに気付いた。

慌てて拾った時には、巨人はもう歩き出していた。