あたしたちはリビングに入る。母親が水を飲もうとしたのを制し、あたしが水を汲む。そして、彼女に手渡した。

 母親は「ありがとう」というとお水を受け取り、口に含んだ。

「仕事きついの?」

「そんなことないわよ」

 分かってはいる。彼女は絶対にきついとかしんどいとは言わないのだ。そう弱音を吐くことであたしに負担をかけさせたくないと分かっているのだろう。

 あたしには父親はいない。でも、自分を不幸だと思ったこともなかった。

 それは母親の存在があまりに大きいだろう。

 母親があたしを身ごもったのは二十一歳のときだ。父親のことは彼女以外誰も知らないのだ。あたしの祖父母にも口を割らなかったらしい。

 祖父母も母親も生まれたあたしを可愛がってくれた。