週末。
舞子は高揚を隠せずにいる。
定時のチャイムを聞いた瞬間、全てを開放しもうひとりの「舞子」が現れる。
足早に帰宅する舞子に
「今夜もコレかい?」
とステアを握る手振りをする同僚に、にこやかに答え駐車場へ。
E/gに火がともる瞬間、すべてが“あの場所”へ向かう。
大切な、あの場所へ-。

短大2年の夏休み、近所の自動車学校に通い、免許を取得。
教習中に「どうしてAT限定にしないの?」
と教官に尋ねられ、「自宅の車がATしかないので、新車買ってもらえないから。」
MT車で免許を取得したのは、確かそんな理由だった。
当時、舞子は車に全く興味がなく、就職活動の一環で免許を取得した。
子供の頃は、父親のJX80マークⅡに乗ると酔ってしまい、車の中ではいつも寝ていた。
車の免許がなくても良いと思っていた舞子は、母親に促され仕方なく免許を取ることにしたため、教習もさほど熱が入っていたわけではない。

地方都市の短大を卒業した舞子は、地元へは帰らずそのまま就職をした。
中小企業の営業職。
「就職超氷河期」と呼ばれていた時代、正社員で就職できただけでももうけもんだと思っている。
短大時代の友達はみな就職できず、大学へ編入したりアルバイトをそのまま続けたりしていた。
舞子には短大時代から付き合っていた彼がいたのだが、彼のマイペースさと舞子の未熟さとに歯車が合わず、結局自然消滅してしまった。
それから付き合い始めたのが、会社の先輩の隆だった。
気ままな一人暮らしの舞子のアパートに、週末だけ隆が泊まりにくる、そんな生活をし始めた頃だった。