【鬼短1.】顔無し鬼


−"あたしはななです。

きょう、3さいになりました。

あしたから、ほいくえんに行きます。"


そうかそうか。おとうさんもおかあさんも、たんぼや畑のお世話が忙しいからね。


−"まいにち、ほいくえんからかえってきたら、ちゃんと来ます。"


うん。
ななちゃん。きみのお話し、どんなお話しも聞くからね。

泣いたっていいんだ。
誰かに怒るのだって、わたしときみの秘密だから大丈夫。



−"かおなしさま。ななを幸せにしてやってください。わたしらの、この家の、たったひとりの子供です。"


おばあちゃん、わたしにはそんな力はないんだ。知ってるでしょ?


でも、ななちゃんがいつも笑顔でいられるように、お話しのお礼をちゃんとするからね。





−"ばあちゃ、ばあちゃ、みて!"



次の日の朝。
おばあちゃんに言われてわたしのところに来たななちゃんは、大喜びで走って帰っていった。

ふふ、お礼、気に入ってくれたみたい。




−"まあまあ。これは、お花の種だよ。かおなしさまにいただいたの?"

−"うん!ホコラの前に、あったの!"



そう。これがわたしのお礼。

いろんなお話しのお返しに、わたしは花の種を贈る。


もっとも、この百年くらいはお話しが少なくて、お礼をするだけの力がなかったから、おばあちゃんにはあげたことがなかった。

ごめんね、おばあちゃん。

ななちゃんの顔を見たら、どうしてもお礼がしたくなったんだ。

でも力はやっぱり足りないから、種は一粒だけ。



−"かおなしさまによくありがとうを言って。それから、種は大事に育てるんだよ。"

−"うん!"





ななちゃんはそれから、保育園から帰ったらすぐにわたしに会いに来てくれた。


毎日毎日。



いろんな友達の名前。通園バスのこと。あの子とケンカしたの。仲直りしたよ。
田植えをお手伝いしたこと。おとうさんとおかあさん行った、都会の遊園地。



ああ、ななちゃん。

生まれてきてくれてありがとう。

きみの可愛いお話しを、いつまでも聞いていたい。



ずうっと、ずうっと。





−"あのねかおなしさま。

さいきんおとうさんとおかあさんとばあちゃん、よくケンカするの。



よくわかんないんだけど、おとうさん、《ノウキョウノセイネンカイカラシュッシシテ、ベンチャーキギョウをタチアゲル》って言うの。


おかあさんはさんせいで、ばあちゃんははんたいなの。



おとうさんたちは、《ななにしょうらいくろうさせたくない》っていうんだ。

ばあちゃんはね、《せんぞだいだいまもってきたたはなをあらすのか》って怒るの。



かおなしさま。あたしいやだな。

ケンカするの。"





ななちゃん、ななちゃん。

三人とも、きみが可愛くてしょうがないんだね。


ななちゃんが幸せになるように、みんなウンウン悩んでるんだよ。


ケンカはよくないけどね。

ななちゃん、ケンカはやめてって言ってみたらいいよ。



みんな、幸せになりたいだけだもの。
きっと仲直りできるからね。





…ああ。次の春から小学生!
きっともっといろんなこと、お話ししてくれるんだね。



−"かおなしさま。


あたし、いもうとかおとうとがほしいの。


保育園のみんなは、いっつもきょうだいのはなししてるの。

みくちゃんは、来年からおとうとも保育園にくるんだって。いいなあ。



でね、おかあさんに、言ってみたの。

あたしもおとうとがほしいなって。




そしたらね、おかあさん泣くの。

ぽろぽろなみだが出てね、

《おかあさんは、もう赤ちゃんがうめなくなっちゃったんだよ》


っていうの。





あんまりおかあさん泣くから、あたし、
わかった、もう言わない
って約束したの。



…約束したけど、やっぱり、ヒトリッコはいやだなぁ。"





ななちゃん、ななちゃん。


わたしもななちゃんの妹や弟、いたらいいのにって思う。

そうしたらもっとお話しも増えるのにね。



…そういえばおばあちゃんが、おかあさん、お産が重かったって言ってたっけ。




仕方ないことだね。




でもきっと、これは天の偉い偉い神様が決めたことだよ。

ななちゃんだけを大事に大事にしなさいって、おっしゃってるんだよ。



だから、ななちゃん。
みんなの愛を感じられる子になるんだよ。

神様が、きみだけを愛するようにさだめてくださったのだから。





ああ。わたしがあげた種、毎日ちゃんと花壇に植えてるんだね。
祠の真正面!

もうすぐ春だよ。


満開の花壇が、待ってるよ。




−"かおなしさま。

すごいんだよ!



おとうさん、シャチョウになったんだって!

《ユウキヒリョウダケデつくった野菜を売る》会社なんだって。
けんちゃんのパパも会社にはいってるんだよ。


コウドウリョクがあるから、ってうちのおとうさんがシャチョウになったの。


《アトツギガイナクテモ、ショウライなながムコトリナンカデクロウシナイヨウニ》

って言ってる。

よくわかんない。


おかあさんはすごくうれしそう。


ばあちゃんも、《ななのためになるなら》って言ってた。




あ、かおなしさま。けさ、いっこ芽がでたよ!"






ななちゃん、ななちゃん。


よかったね。
社長だなんて、すごいなぁ。

ななちゃんたちは、これからお金もちになるかもね。



おばあちゃんも認めてくれたんだね。

やっぱり、みんな、ななちゃんのためなんだよ。



これでもうケンカしない。きっと。





最初の芽が出たんだね。
去年植えた種は、みんな枯れちゃって、ななちゃん泣いたよね。

イキモノは大変。

育てるって難しいでしょう?



今年はうまくいきますように。