…ななちゃん、ななちゃん。
元気出して!いつもみたいに笑顔が見たいよ。
おとうさん、
きっと、おかあさんたちの言うとおり、すぐ帰って来るんだよ。
昔、おとうさんが若い頃ね。
ばいくで出掛けたまま何日も帰って来なくって、おばあちゃん、心配で警察にも行ったんだ。
そしたら、おとうさん、一ヶ月も経った頃に、
《日本一周してきた》
って言って帰って来たんだ!
すごいよね。
きっとまた、旅がしたくなったんだよ。
会社が大変だから、疲れてたんだよ。
今年はひまわりがたくさん咲いたね!
去年、わたしがあげたのは一粒だったのにね。
取れた種からまた育てて、こんなにたくさんになったんだね。
ひまわりの向こうにきみの家が立ってる。とてもきれいだよ。
小さなたくさんの太陽が、ななちゃんのお家を囲んでるみたいだよ。
ななちゃん。
−"……かおなしさま。
どうしよう!
告られちゃった、ケイタに!
ケイタって前お話ししたよね?
アイツさ、美術部の王子様って呼ばれてるんだよ。
色白くて、きれいな顔してるんだ。
目がハーフっぽい、って女子がみんな…
、…それはともかく、
どうしよう!
あたし、アイツのこと好きなのかな?
告られて悪い気しないんだ。
でもなー。
あたしが、アイツと釣り合わないよ。
あたしなんか、陸上部で真っ黒だし。
うちはお金ないから、おしゃれとかもそんなできないし。
アイツん家金持ちだからなぁ。
家とか行っても、汚い子って思われそうだしなぁ…
どうしよ。"
ななちゃん、ななちゃん。
とうとうこの日が来たか!
ななちゃんに恋の相談を受けるなんて!
むずかゆいような、嬉しいような。
なんだか照れ臭いね。
…ケイタくん!
きみを絵のもでるにしたい、って声かけてきた子でしょう?
《真夏の太陽の下を駆け抜けるななさんを、描きたいと思ってたんだ。》
って言ったんだっけ?
今時珍しいろまんちすとだよね。少しキザだし。
ななちゃん、嫌じゃないなら付き合ってみたらいいよ。
きみは十分にきれいだよ!
夏は真っ黒に焼けて、光る汗を流しながら走るななちゃん。
どんなに着飾ったお姫様より魅力的だ。
好きになることに、お金があるとかないとか、関係ないでしょう?
そりゃあきみの家は、おかあさんは朝から晩まで外で働いて、大変だ。
おばあちゃんだってもうお年寄りなのに、庭を畑にして家族の食糧を作ってる。
貧乏で大変、なんて思うヒトもいるかもね。
でもケイタくんは、そんなこと気にしちゃいないんだろう?
君が泥んこになって日焼けして汗をかいてる姿を、美しいと思ってくれたんだろう?
気に病むことなんて、なにもないよ。
これからは、子供のときたくさん愛された分だけ、誰かを愛していかなきゃいけないからね。
ななちゃん。
−"こっちだよ、ケイタ!"
−"へぇー。古くてでっかい家!農家、って感じ。"
おや?ななちゃん。
今日はうわさのケイタくんを連れて来たのか。
−"農家じゃないけどね、もう。
借金、超残ってるし。畑もたんぼももうないもん。"
−"あるじゃん、畑。これ、ばあちゃんの作ってる野菜?"
−"そーだよ。世界一うまいからね!"
お、分かってるねななちゃん。
おばあちゃんが、きみやおかあさんのために、って作った野菜だもの。
おーだーめいどってやつだ。
買ってきた野菜が、勝てるわけないよ。
−"あ。あの祠?カオナシサマって。"
…え?え?ケイタくん、わたしを見てる…。
知ってるのかい?
−"そ。あたしの、世界一本音がはけるひと、だよ。"
−"へぇぇー。…じゃあ、俺が知らないナナの顔も知ってるんだ。妬けるわー!"
ちょっと、何言ってるのケイタくん!
わたしを恋仇だなんて思ってるのかい?
−"なにゆってんの、ケイタ!"
−"だってーそうじゃん。もし俺とケンカとかしたら、カオナシサマに相談すんだろー?俺、負けてるじゃん!"
…あーあ。ふたりしてそんな大きな声で笑ったりして。
こらこら、昔みたいに周りが全部たんぼなわけじゃないんだから。お隣のアパートから苦情がきますよ!
ケイタくん。
わたしは君の恋仇なんかにはなれませんよ。
わたしは聞くだけなのだから。
どんなに慰めたくても、わたしにはそれをするための声も掌もないのだから。
花壇は今、コスモスがいっぱいだ。
ななちゃん。中学校もあと半年と一年。
ケイタくんとケンカせずに、楽しくすごすんだよ。
ななちゃん。
−"かおなしさま。"
ある冬の朝。
まだ薄暗い時間。
霧の中からわたしを呼ぶ声。
この声は………
−"お嫁入りのとき以来、一回も来なくてごめんなさい。"
おかあさん……。
−"…ななは、ホントにいい子に育ったわ。
ホントに、いい子に……。"
疲れきった顔をして。
ななちゃんのために、朝晩働いているものね。
−"かおなしさま。どうか……どうかあの子を、守ってやってください…!"
………おかあさん。
かなこさん。
どうして泣いているんだい?
こんな朝早くに、もう仕事?
大きな荷物、持って……
おかあさん。
わたしはななちゃんを守るなんて出来ない。
守れるのは、あなただよ。
抱きしめてあげられるのは、あなただよ。
おかあさん…
−"かおなしさま。私は…"
おばあちゃん…。
ななちゃんはどうしてる?
−"私は、かなこさんを、…苦しめていただけなのでしょうか…"
おばあちゃん。
ななちゃんは、ちゃんと学校に行った?
−"農家の嫁はこうあるべき…なんて、私が昔、嫁時代に死ぬほど嫌だった言葉を、かなこさんに…
まさやが会社を立てる何て言い出したのも、古臭い私に反発したからかしら…。
私はただ、昔のようにずっと…
苦しい中にも笑いや涙があって、たくさんの家族がひしめいていた、昔のこの家が、ずっと続けばいい、と、願って……"
……おばあちゃん!
ひさのさん!
自分を責めないで。
わたしだって同じだよ。
ずうっと変わらなければいい、
ずうっと幸せならいい、
と
願い続けるだけの存在だよ!
…ひさのさんは、…
まさやくんも、かなこさんも、
願うだけじゃなく、
願いのために何かしてきたじゃないか!
−"私は…ななを…守らなければ。"
ひさのさん、
おばあちゃん。
どうしてヒトは
幸せになるために、何かができる手足と言葉を持っているのに、
その手足と言葉とで傷つけ合うんでしょう…?
−"かおなしさま!
あたし、高校受かったよ!
第一志望、特待で!
学費、タダでいいんだよ。
すごくない?
しかもケイタも同高!イェ〜☆
…かおなしさま。今年の冬は寒いね。
花壇、完全に凍ってるよ!
あんなに冷たい土の中で、種ってほんとに生きられるの?
でも確かに春には花が咲くからすごいよねぇ…
冬の間にかおなしさまがくれた種、ちゃんと取ってあるよ。
春になったらまくんだ。
アレ、夏の花ばっかりでしょ?
てゆうか、ヒマワリばっかり。
かおなしさま、ヒマワリ好きなんだね。
趣味が合うね。あたしもだよ。
春生まれだから、もっとこう、優しいかんじの花が似合えばいいのにね。
桜とかチューリップとかって…あたし似合わないんだ!やっぱ肌黒いからかなー
…お母さん、元気かな。
…お父さん、ちゃんと生きてるかな。
かおなしさま。
ばあちゃんがね、スーパーのパートなんか始めたんだ。
あのばあちゃんが、レジ打ちだよ?
似合わない!
…ばあちゃんはやっぱり、もんぺに手ぬぐいにムギワラ帽子だよね!
畑仕事、してほしいな。
あんなに疲れた顔のばあちゃん、見たくないもん。
あたし、高校入ったらバイトする!
部活もやりたいけど…諦める。
その代わり、大学行ってからやるんだ、陸上。
だから、大学行くお金は自分で稼ぐ!!
…これ、ばあちゃんには内緒だからね!
ね。かおなしさま…"
ななちゃん!ななちゃん!
合格おめでとう。
愛しのケイタくんも一緒なんだ。
よかったね。
おばあちゃん孝行するんだ、って、ななちゃん、勉強頑張ったものね。
部活の集大成は、県大会入賞!
そこから、きみは今度は勉強まで頑張った。
すごいね。
おかあさん、どこかでななちゃんの幸せを願ってるよ!
おとうさんも、大丈夫!なにしろ行動力はきみそっくりだから。
ヒトは結構、頑丈だよ。
おばあちゃん。
おかあさんがいなくなったあの次の日から、一度もお話ししてくれない。
でも、仕方がないよ。
きみを守るためだもの。
おばあちゃんがわたしなんかにかまけて、ななちゃんが不幸になったらいけないからね。
また畑をやってほしいね。
日焼けした、ピカピカの笑顔のおばあちゃん、また見たいね。
ななちゃん。
わたしがヒマワリが好きになったのはね。
きみに一番似合う花だから。
きみは春の盛りにわたしと初めて会った。
その頃のきみも、もちろん可憐できれいだった。
だけど、きみに似合うのは夏の花だね。
ヒマワリにダリヤに朝顔、…
華やかな色の、大きな花。
ヒマワリのごとく強く
明るく
咲き誇ってほしい。
ななちゃん。