【鬼短1.】顔無し鬼




ななちゃん、ななちゃん。


よかったね。
社長だなんて、すごいなぁ。

ななちゃんたちは、これからお金もちになるかもね。



おばあちゃんも認めてくれたんだね。

やっぱり、みんな、ななちゃんのためなんだよ。



これでもうケンカしない。きっと。





最初の芽が出たんだね。
去年植えた種は、みんな枯れちゃって、ななちゃん泣いたよね。

イキモノは大変。

育てるって難しいでしょう?



今年はうまくいきますように。



−"かおなしさま。


今日は運動会だったよ!
あたし、かけっこで1番だった!


しょうがいぶつも、かりものも、あたしすっごく速かったんだよ。


かおなしさまにも見せたかったなぁ。
先生にもみんなの前でほめられたよ!







…でもなぁ。今年、お父さん来てくれなかったの。

会社、大変なんだって。

《カンゼンナムノウヤクニスルのは、時間がかかる》

んだって。



でもね、お父さんの会社の畑で作った野菜、おいしいんだよ。ホントだよ。

それに、すごくきれい。


普通、にんじんとかって土がいっぱいついてるじゃん。お父さんとこのは、全然ついてないの!

ぱぷりかとか、らでぃっしゅとかも、宝石みたいにきれいだよ!"






ななちゃん、ななちゃん。


是非見たかったなぁ!きみの大活躍。

でもわたしは、知ってたよ。ななちゃんは走るのすごく速いよね。


走るのだけじゃない。
ボール遊びも木登りも、男の子に負けないくらいうまいだろう?


元気だね、ななちゃん。

みんながきみを愛しているからかな。




そうそう。ばあちゃんが作る、野菜たちだってきみを愛してるんだよ。
泥もいっぱいついてるけど、同じだけエイヨウもつまってる。

太陽と土にたくさん愛された野菜たちは、食べるヒトを同じだけ愛するんだよ。



おとうさんの野菜はきれいだね。

けれど、なんだか寂しそうだよ。
太陽を力いっぱい浴びたいよ、って言ってる気がする。

でも、おとうさんがななちゃんを思って作った野菜だものね。

誉めてあげるのが1番のご褒美になるから、美味しい美味しいって言ってあげてね。




ああ、ななちゃん。
もう三年生なんだよね!
祠よりずいぶん、背が高くなっちゃったね。




−"かおなしさま…。


あのね、





お父さんがいなくなっちゃった。



かばんが一つなくなってて、お父さんがよく着てた服が何枚かないの。
あとくつも。






これさぁ、シッソウってやつかなぁ…




お母さんもばあちゃんも、《すぐ帰ってくる》っていうけど。
ドラマでこういう感じの、見たんだ。

シッソウだよね?





あとね、怖いおじさんたちが家に来るんだ…。

《カネカエセ!》

って、怒鳴るの。


お母さんは、
《トチと家を売るしかない》って言ってた。
ばあちゃんは反対してるの。







かおなしさま。
お父さん、帰って来てくれるかな。"








…ななちゃん、ななちゃん。


元気出して!いつもみたいに笑顔が見たいよ。


おとうさん、
きっと、おかあさんたちの言うとおり、すぐ帰って来るんだよ。



昔、おとうさんが若い頃ね。
ばいくで出掛けたまま何日も帰って来なくって、おばあちゃん、心配で警察にも行ったんだ。

そしたら、おとうさん、一ヶ月も経った頃に、
《日本一周してきた》
って言って帰って来たんだ!



すごいよね。

きっとまた、旅がしたくなったんだよ。

会社が大変だから、疲れてたんだよ。












今年はひまわりがたくさん咲いたね!
去年、わたしがあげたのは一粒だったのにね。


取れた種からまた育てて、こんなにたくさんになったんだね。
ひまわりの向こうにきみの家が立ってる。とてもきれいだよ。

小さなたくさんの太陽が、ななちゃんのお家を囲んでるみたいだよ。



ななちゃん。

−"……かおなしさま。

どうしよう!









告られちゃった、ケイタに!





ケイタって前お話ししたよね?


アイツさ、美術部の王子様って呼ばれてるんだよ。

色白くて、きれいな顔してるんだ。
目がハーフっぽい、って女子がみんな…



、…それはともかく、

どうしよう!


あたし、アイツのこと好きなのかな?
告られて悪い気しないんだ。








でもなー。

あたしが、アイツと釣り合わないよ。




あたしなんか、陸上部で真っ黒だし。

うちはお金ないから、おしゃれとかもそんなできないし。

アイツん家金持ちだからなぁ。
家とか行っても、汚い子って思われそうだしなぁ…






どうしよ。"




ななちゃん、ななちゃん。



とうとうこの日が来たか!
ななちゃんに恋の相談を受けるなんて!


むずかゆいような、嬉しいような。
なんだか照れ臭いね。



…ケイタくん!


きみを絵のもでるにしたい、って声かけてきた子でしょう?

《真夏の太陽の下を駆け抜けるななさんを、描きたいと思ってたんだ。》

って言ったんだっけ?



今時珍しいろまんちすとだよね。少しキザだし。



ななちゃん、嫌じゃないなら付き合ってみたらいいよ。

きみは十分にきれいだよ!

夏は真っ黒に焼けて、光る汗を流しながら走るななちゃん。


どんなに着飾ったお姫様より魅力的だ。




好きになることに、お金があるとかないとか、関係ないでしょう?






そりゃあきみの家は、おかあさんは朝から晩まで外で働いて、大変だ。
おばあちゃんだってもうお年寄りなのに、庭を畑にして家族の食糧を作ってる。



貧乏で大変、なんて思うヒトもいるかもね。


でもケイタくんは、そんなこと気にしちゃいないんだろう?
君が泥んこになって日焼けして汗をかいてる姿を、美しいと思ってくれたんだろう?




気に病むことなんて、なにもないよ。


これからは、子供のときたくさん愛された分だけ、誰かを愛していかなきゃいけないからね。


ななちゃん。

−"こっちだよ、ケイタ!"


−"へぇー。古くてでっかい家!農家、って感じ。"





おや?ななちゃん。
今日はうわさのケイタくんを連れて来たのか。




−"農家じゃないけどね、もう。
借金、超残ってるし。畑もたんぼももうないもん。"


−"あるじゃん、畑。これ、ばあちゃんの作ってる野菜?"

−"そーだよ。世界一うまいからね!"



お、分かってるねななちゃん。

おばあちゃんが、きみやおかあさんのために、って作った野菜だもの。

おーだーめいどってやつだ。

買ってきた野菜が、勝てるわけないよ。



−"あ。あの祠?カオナシサマって。"


…え?え?ケイタくん、わたしを見てる…。
知ってるのかい?


−"そ。あたしの、世界一本音がはけるひと、だよ。"

−"へぇぇー。…じゃあ、俺が知らないナナの顔も知ってるんだ。妬けるわー!"



ちょっと、何言ってるのケイタくん!
わたしを恋仇だなんて思ってるのかい?



−"なにゆってんの、ケイタ!"

−"だってーそうじゃん。もし俺とケンカとかしたら、カオナシサマに相談すんだろー?俺、負けてるじゃん!"




…あーあ。ふたりしてそんな大きな声で笑ったりして。


こらこら、昔みたいに周りが全部たんぼなわけじゃないんだから。お隣のアパートから苦情がきますよ!









ケイタくん。



わたしは君の恋仇なんかにはなれませんよ。


わたしは聞くだけなのだから。


どんなに慰めたくても、わたしにはそれをするための声も掌もないのだから。








花壇は今、コスモスがいっぱいだ。



ななちゃん。中学校もあと半年と一年。




ケイタくんとケンカせずに、楽しくすごすんだよ。



ななちゃん。