あの夜は…そう、綺麗な満月の日。丸い、丸い、まん丸の綺麗な満月だった。


あの満月は、私を照らし出してくれているようで…凄く、凄く幸せな気持ちになれたんだ。一瞬でも、微笑みを浮かべることが出来たんだ…


「綺麗な…満月」


私は夜空に輝く丸い、丸い、満月を見上げていた。あまりの綺麗さに私…魅那月 永遠《みなづき とわ》は一人、ボソッと呟いてた。その言葉を発した瞬間八ッと我に返り、自分で呟いた言葉に自分で驚愕する。


今…私なんていった?…綺麗なんて言葉使ってた?…『綺麗』そんな言葉を口にしたのは何年ぶりだろう。1年…5年、いやもっと前だったような気がする。


…自分でも無意識に呟いてしまうほどの綺麗な満月の夜。こんな綺麗な満月の日に私なんかの歌声が響いてもいいのかな。…今日は、やめようかな。


「今日は歌わないの?」


私は聞き慣れたその声に反応して、後ろを振り向いた。
長い髪を軽くゆる巻きにして水色の服に身体を包み、白いスカートをはいた女性。そこにたっているだけで、爽やかといえる女性…芹沢優華《せりざわ ゆうか》が微笑みながら立っていた。



…私の歌の1人目の常連。一番目のファン。


優華さんは凄く歌が好きらしいんだけど、私と同類でロックはあまり好まない人だ。…まぁ、私は優華さんと違って爽やかというよりクールという部類に入るんだろうけど。それとも無口かな?


「歌います」


優華さんの質問にハッキリと答える。優華さんの嬉しそうに笑みをうかべる顔を確認すると、いつもの特等席のベンチに腰掛ける。使い慣れたギターケースを手にとり、開く。



さっき「今日はやめようかな」と思ったことなど優華さんには口がさけてもいえない。いえないというより…優華さんの笑みを見たら一瞬で吹き飛んでしまうから言わなくてもすむ。


…私の歌を心待ちにしてくれる人が居る。…それだけで、私の胸は天に昇る気分だ。大好きな歌で人を楽しませることが出来る。私にとって、それが凄く幸運なことなのだ。それなのに歌わないなんて嫌だ。…この人が私の歌を好きで居てくれる限り歌う。…いや、歌いたい。


「あたしね、魅那月さんの歌大好きなの」