その顔にいつもの笑顔はなくて、悲痛そうな瞳が揺れている。


「あの頃の僕らはまだ幼くて、彼女の妊娠がわかると只々嬉しかった。」


当時を思い出したのか、一瞬ふわりと笑ったその顔もすぐに消えてしまった…


「けれど、現実はそう甘くはなかった…。大人に反対された僕たちは、二人で逃げようと…でも、僕は約束を破った。」

「…なぜですか？」


私の言葉に目を閉じた透さん。少しの沈黙の後、その唇が緩やかに弧を描いた。ゆっくり開けられた瞼の奥に穏やかな瞳。


「…あの日も今日みたいに暑い日で、蝉が忙しなく鳴いていました。彼女のお母さんが僕に会いに来て言いました。」


“私にはあの子を守る義務があります。貴方はあの子を幸せに出来ますか？生まれてくる子供を幸せに出来ますか？”


「僕は何も言えなかった…その目は僕を責めているんじゃなくて、僕より彼女を大切に見つめていた。自分がどれだけ浅ましかったのかを知ったのです…。」


“…彼女とは別れます。ただ、僕は本気で彼女を愛しています…信じて下さい。”


そう言うのが精一杯だったと透さんは言った。

何故そんなに穏やかな顔が出来るのだろう。