この日、夜になっても再びあのエンジン音が聞こえることはなかった。

 歩の部屋に明かりが点くこともなかった。

 当然、窓の影も見えない。

 きっと泊まりでどこかに出かけたのだろう。

 今頃、二人は……。

 そう考えると、苦しい。

 望みのない片思いなんてしたくなかった。

 少し前まで、幼馴染に恋なんてしないと思っていたのに。

 あのマンガも、下らないと思っていたのに。

 今では主人公が羨ましすぎる。

 ふと家庭教師用のノートが目に入った。

 開くと歩から学んだ数式が詰め込まれている。

 端の方に遠慮がちに書かれた歩の字が愛おしい。

 そっと指でなぞると、触れた中指が黒くなった。

 それさえも愛おしい。

 バカみたい。

 ため息をついて、ティッシュで拭った。