この世界は灰色だった。
いつも重たい気持ちを抱いていた。

世界は鬱に満ちていた。

僕は地下鉄に乗っていた。
座席に座れず朝の満員電車のなかで体を歪めながら、体を硬くして何とか体勢を維持していた。

前には美しくない女が座っていた。
その隣にも美しくない女が座っていた。

二人とも個性的であり、対照的なブスだった。

目の前の女は、足を広げて寝ていた。
黒い空洞となった口に僕はポケット中に入っていたレシートを丸めて口に入れてやった。
女は何事かとびっくりして目を覚ました。
僕は目を反らして知らぬふりをした。
回りの乗客も必死に笑いを堪えながら顔を反らしていた。

その隣の女は、不思議な女だった。
黒い服を着て黒く長い髪をしていた。
女の睡魔はまだ彼女を犯せずにいるらしく女の頭は円を描くように揺れていた。
コウモリのような鼻の上がった女だった。
だれもが不快な気分になった。

どうしたことか美人と呼ばれる女が少なくなったなと世間でも騒ぎ出した頃だった。
テレビを見てもグラビアを見ても美しくない女ばかり、始めは時代によって美しさの定義も変わるものだと冷静な意見を言っていた評論家だって、いまでは郷愁を感じるようにブスが増加傾向にあるとマスコミで声を上げていた。

同様に男だって例外ではなかった。
男のほうはもっと謙虚にその世相を表していた。
女性誌のなかにモテるだとか異性を意識した記事をまったく見かけなくなったのだ。
いまや女性誌は占いと金融それから旅行についての特集を組んでそれをループ状に展開していた。
男女ともにぶ男、ぶ女になって恋愛という言葉は失われかけていた。
もちろん恋愛結婚もお見合い結婚も減少してしまい、それにより出生率はどん底となった。
それでも少なからず生まれる子供がいる。
そんな親の遺伝子を組んだ子供は、誕生の感動がなければ赤ちゃんとも思えず、なんとも心にも可愛くないものだった。

世界はいつのまにか深い落胆に落ち込んでいた。