8時30分になってオーダーストップの時間になるなり、あたしは店の入り口にある立札を『準備中』にした

店にいるお客さんはいない

思う存分、片づけに集中できるけど、今夜はあまり嬉しくない

できれば閉店ぎりぎりにお客さんがきて欲しかったよ

「はあぁ…」

思わずため息がこぼれる

「大丈夫?」

背後から、低い声がしてあたしは勢いよく振り返った

「片岡君?」

「パソコンで、食材の注文しに」

片岡君は細い指で、レジの隣にあるパソコンをさした

「あ…うん」

「これ…よかったら使って」

片岡君が新品の小さなハンドクリームを差し出した

「え?」

「今日は、ずっとキッチンのお仕事をしてもらったから。肌、弱いでしょ?」

「う、うん。何で知ってるの?」

あたしは片岡君の手からハンドクリームを受け取った

真新しいハンドクリームは、値札のシールがついている

シールは近くのコンビニの値札だった

「もしかして休憩しに出た時に買ってきてくれたの?」

片岡君はにこっと微笑むだけで、返事はしてくれない

さっきの休憩、全然休めてないってこと?