あたしがシートベルトを閉めると同時に、車は走り出した。


「今日お家にお邪魔するからね。久しぶりだな、理沙ちゃんの家に行くの」


正確に言えば、お兄ちゃんの家だろうに。

あたしはちらと横にいる人の顔を見つめる。


春菜さんは美人だ。

お兄ちゃんは女の人のことを見る目、間違ってない。


今まで何回かお兄ちゃんが彼女を紹介したことはあったけれど、その中でも春菜さんはトップクラス。

お兄ちゃんのお嫁さんになるに、もっともふさわしい女性。


「来月結婚かー。理沙ちゃんのお姉ちゃんになるのね、あたし。ふふっ、楽しみ」


「……」


「理沙ちゃんみたいな可愛い妹欲しかったのよね。あたし一人っ子だから兄弟っていうのにずっと憧れてた」


そういうと春菜さんは少し寂しそうな目をした。

春菜さんの両親は幼いころ離婚してしまったらしく、一人っ子の春菜さんは母方に引き取られたという。

毎晩遅くまで仕事をしている親を一人で待ってるときは死ぬほど寂しかったという。



あたしの家もほとんど両親はいないけれど、これといって寂しいと感じがことはない。


お兄ちゃんがいたから。

気がつけば隣にお兄ちゃんがいて、あたしの横であたしのことをお姫様のように大切に扱ってくれて。

それは当たり前ではないのに、当たり前だと感じていた日常。

だけど、それは当たり前ではないと気がつかされた最近。



「ごめんね、朝からこんな暗いところ見せちゃって」


春菜さんはあたしのほうを少しだけ見ると、申し訳なさそうに微笑んだ。

もっと。

もっとお兄ちゃんの婚約者が、悪い人であったらよかったのに。

もっとひどい人だったら恨めたかもしれない。


こんなにいい人だなんて。

あまりにも、つらすぎる。