そのとき。
「え、」
もぞ、と、何かが僕の足元を掠めた。
「何……」
そして、息を止めた。
いや、止まった、と言う方が正しい。
何で、何で何で何でどうして。
僕の足元を這いずるそれは、さきほど線路で見た、轢かれた遺体の肉片だった。
肉片が、僕の足元を這いずり回っている。
手にしたおかくずが風にさらわれていく。
ホームの人混みは、僕の周囲の異変には気づかない。
肉片は這いずり回る。
僕の足元を。
声が出ない。
肉片が、肉片が足元を這いずっているのに。
肉片が、
轢かれた肉が──
「ひ、」
小さく、引きつれたような悲鳴が喉を掠めた。
肉片が、僕の足から、ぐちゅ、と食い込んだ。
そうして数年が経った。
今日も僕は、駅員として変わらず働いている。
今日も、何とか働いている。
「おい、ホームの掃除行ってくれ」
「はい」
まだまだ下っ端な僕は、ときどきこうして、ホームの掃除に出向く。
「──っ、」
そのたびに、あの日食い込んだ肉が疼く。
ホームの端へと足を向かわせる。
人身事故のあった場所は、そこからまた、人を呼ぶという。
元は人間であったのだから、そう言われるのもわからないでもない。
実際、事故が起きるとき、振り返ってみたなら同じ場所というのは、よくあることだ。
ぐい、と意識を集中して、ふらついた足をホームの中央に戻した。
──いやだな。
今日も何とか生きている。
明日の僕は、果たして、生きていられるだろうか。
ふとそんなことを考えたなら、また、足元のあの肉がずく、と疼いた。
48,轢かれた肉【エンド】