──いやだな。

おかくずを片手に、憂鬱な気持ちでホームに向かう。
至るところに飛び散った鉄くさい赤に、あからさまに眉をひそめた。


「駅で働いてれば、こういうこともたまにあるよ」


慣れた口調で、しかし、憔悴しきった表情でそう言った改札の田中さんに、そう言える自分にはなりたくないと、今更ながらに思った。
人身事故があったのは、今からちょうど一時間前。
古株の駅員が多かったからか、轢かれた遺体は、てきぱきと片付けられた。
てきぱきと、事務的に。
よって、電車の遅れは人身にも関わらず、そう大したことはない。
人が死んで一時間なら、大した時間ではない筈だ。
幸か不幸か、人身が起きた場所は、橋桁になっている少し手前だった。
何が幸か不幸かというと、話は至って簡単だ。
橋桁になっている線路で起きたならば、遺体はそこからばらばらと地上に落ちていく。
回収に骨が折れるのだ。
その手前の土の部分で起きたので、ばらばらになった肉片を回収することに時間が掛からなかったというだけのことだった。


「幸か不幸か、か」


幸なわけはないのに。
おかしな話だと思って、ホーム最先端へと、ざわつく人混みを掻き分けて進んだ。
さきほど目にした遺体は、すでに、ブルーシートで覆われた担架だった。
中身は見ていない。
新人だからと、少しだけ、先輩達が気を遣ってくれた。
話を聞くところによると、投身自殺だったらしい。
電車がホームに入る直前、線路に飛び込んで、頭から轢かれたとのことだった。
もちろん、ばらばらになった。
いやな場所に近づくほどに、いやなことばかり思い出すのは何故だろう。
制服に規定のコートまで着込んでいるのに、冷や汗は止まらない。
肌寒い。
ちらと視界を掠めた線路にこびりついた肉片を見ないように、ホームの洗い流せない赤に、懸命におかくずをまく。

──やっぱり慣れたくはないな。

そんなことを思って、ふと、ため息をついた。