ある朝起きたら腕に顔が出来ていた。
肩に近い場所、二の腕の表側に出来たそれは、俺に見付かってからというものよく喋る。
これが噂の人面瘡かと気味悪く思ったのは最初の内だけで、今ではうるさくて適わないという気持ちの方が強い。
人間慣れとはこわいもので、人面瘡の独り善がりな喋りでさえ、すっかり放置するようになっていた。
「ああ外に出たいなあ」
「喉が渇いた、喉が渇いたよ」
「お前聞いてんのか」
「おい、なんとか言えよ」
「うるさいよ」
机に向かって読書をしてみるも、気が散って仕方ない。
半袖に隠れた人面瘡をべしっと叩けば、痛っと人間のように苦痛を漏らした。
「お前だって痛いんだぞ」
「そりゃあ自分の腕だしね」
「なら叩くなよ」
「だってお前うるさいんだよ」
こんな会話もすでに日常茶飯事だ。
そう思っていたのは俺だけだったのか、今日の人面瘡は一味違った。
「……あのさあ、たまには入れ替わってみない?」
「は?」
本に向けていた視線を半袖へと移す。
こいつが喋るたびにさわさわと動く袖口を見詰めて、なんのことかと首を捻った。
「どういうことだよ」
「だからさあ、俺とお前が入れ替わるの」
「なんで」
「なんでって、」
(──そのために出てきたからだよ)
あっという間に捲れあがった半袖から、ぐいーっと肉が伸びあがって。
その先にくっついていた顔が、大口を開けて俺に喰い掛かった。
「浩之ーご飯よー」
「……はいよー」
赤く染まった口元は弧を描き、まだむしゃむしゃと咀嚼を繰り返している。
「今日から、俺はお前ね」
うっかり一緒に喰った本のページがばらばらと床に散らばっていたが、気にすることなく口元を拭って、俺は部屋を出ていった。
32,人面瘡【エンド】