「だからちょっと怖いんです。動き出しそうで」

そう言うと彼女は、えへへと照れたように笑った。

周りの教師たちが前田先生は可愛いなぁなんて言うのを聞きながら、僕は由紀のことをふと思い出した。

由紀は人体模型をこよなく愛していた。
まだ一緒に暮らしていたころ、由紀は理科の教科書の裏表紙に載っている人体模型をじっくり見ていた。

気持ち悪いよ、と話し掛けると、何言ってんの人間の身体には神秘が詰まってるのよ、とにやりと笑っていて、我が姉ながら思わずぞっとした思い出がある。



人間を、人体模型を好む者と好まない者に二分するなら、前田先生は後者で、由紀はきっと前者だ。

そして今僕の目の前を行く麻生も、前者なのだろう。
心なしかじめじめする廊下を直進し、たてつけの悪い生物室のドアを開けた麻生は、入口すぐ脇に置かれた人体模型を気にするふうもなく、一番前の机に鞄を置いた。

くるりと僕を振り返った彼女は、僕に向かって手を差し延べた。