軽く唇に風が触れた様な違和感、だけどそれは心地よくて、浅い眠りが解けようとするのをあたしは顔をしかめて拒む。


「…ここにいましたか」


耳に届いた低い調和のとれた声。淡泊な口調。


…夢かしら?


そう思ったのは、目の前に愁哉さんが立っていたから。


「全く。こんな所で眠るなんて」


愁哉さんは呆れた様にレンズの奥の瞳を細めた。


周りの景色は少し寂しくなっていて、あのまま眠ってしまっていたんだと気付く。


「あら…眠ってしまったのね。今何時でしょう」


あたしの言葉に愁哉さんは形良い眉を少し動かせて


「運転手と別れて4時間ですよ。あなたがいないと聞いて探し回りました」


溜め息をつく彼はそれでも安堵した様に息をついた。


心配…したの?


あたしの短い思考はすぐに取り消す。


そんなわけ、ないわね。


心配したのは、社長の娘。


あたしであって



あたしじゃない。