蒼い満月の夜
丘にある一本の大きな桜の木が
月明かりで薄い紫色を放ち、辺りを淡く照らしていた。
どこだ、ここは?
私は周りを見渡すが、そこは私の知らない場所だった。
こんな幻想的な空間に何故私はいるのだろう。
上を見上げれば、普通の月よりも何倍も大きな蒼い月がそこにあった。
ほんのりと温かい月明かりが私を照らし出す。
ふとひらひらと舞い散る一片の桜の花びらが、私の両手に落ちてきた。
それが
あまりにも美しくて
あまりにも儚くて
そんな桜の花びらを私は食い入るように見つめた。
ところが、そんなのも束の間、風によって両手に乗ってた花びらが空高く煽(あお)られてしまった。
ヒラヒラと左右に揺れる花びらを見上げ、その行先を目で追い始める私。
長い時間をかけて下りてくる花びらを追い続けていると、私の右側に何かがあることに気づいた。
紺色の和服を着た青年の後ろ姿。
彼の肩まである藍色の髪が風でさらさらと揺れている。
.
いつのまに・・!!
さっき見渡した時は誰もいなかったのに──
「誰だ?」
青年は一瞬体をびくつかせた後、ゆっくりとこちらを振り返ろうとする。
だがその時、私たちの間に壁を作るかのように桜吹雪が起き始めた。
まるで、私と青年を逢わせないように・・・
私は腕で桜の花びらから顔を防ぐと、私の頭の中で青年のような声が響いた。
『お前は、この世界に来ちゃだめだ・・・』
不意に私は彼の方に目を向けた。
桜吹雪の隙間から彼の藍色の瞳が見える。
その目は、どこか悲しげで何かを願ってるように儚く映る。
なんで、お前はそんな瞳をするんだ━━?
私は思わず彼に手を伸ばしたが、彼はその手を取ることなく
桜吹雪と共に暗闇の中へと消えていった・・・
.
「……の………」
「篠塚!篠塚 桜!」
誰かのず太い声で私は目を覚ます。
ここは………?
上半身をゆっくりと起こし、起きたばっかの目をごしごしとこする。
なんかとても不思議な夢を見た気がする
だが、所詮はただの夢
人間の記憶の奥底に眠る運命なのだ。
私は未だにぼーっとしていると
「いつまで寝てる!!下校時刻はとっくに過ぎてるんだぞ!!」
バカデカく怒鳴り散らしている人物に私は視線を向ける。
あぁ、コイツの存在を忘れてた。
小太りで頭のてっぺんが若干はげてるこの中年のおっさんは、
私の担任の先生。
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担任は軽蔑してるような目で私を見下ろしていた。
私はそんな担任から視線を逸らし、辺りをきょろきょろ見回してみると、教室には私と担任しかおらず、窓の外は夜へと姿を変えていた。
けっこう寝たんだな……
私は一回大きく伸びをすると、机に手をついて椅子から立ち上がった。
「起こしてくれて、どうもありがとうございました。」
心に無い感謝を担任に言うと、学生かばんを肩にかけ、教室を出ようと担任に背を向ける。
早くここから立ち去りたかった。
なぜなら───
.
「待て、なんだその態度は!!」
………またか
担任の怒鳴り声に止められ、私は歩くのをやめる。
この担任はなにかと私の言動や行動にいちいち口がうるさ過ぎる。
私は大きくため息をつくと、先生の方を振り返った。
「私はただ礼を言ったつもりですが、何かご不満でも?」
私は出来るだけ苛立ちを感づかれないように尋ねてみる。
こんなこと、聞いても無意味だと知っていながら…
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担任はまたしてもその私の態度が気に入らなかったのか、私の机を拳で強く叩きつけた。
「その態度がムカつくと言っているんだッ!!」
そして、先生はまくしたてるように怒鳴り始めた。
本当に毎日毎日飽きないな……
そしてそのまま、上の空になりながら担任の話に耳を傾けるふりをした。
さっきから同じ話ばっか……
さすがに飽きてきた。
「おい、聞いてんのか!!」
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