漆黒の燕尾服が、色素の薄い肌に対比する。
少し長めの髪を緩く後ろへ流し、悠々とした気品を感じる立ち姿に、あたしは自分に何が起こっているのか分からずにただ混乱した。

「立派な淑女へなる手助けをするようにと、ご主人様から申し預かっております」

優雅に口元に笑みを浮かべ、「失礼します」と小さく口にしてあたしの右手を取り、薬指に蒼い宝石のあしらわれたリングをはめる。
ただそれだけの事でも、独特の艶っぽさを感じさせる人だと思った。

「お嬢様にお仕えする証でございます。私にも同じ物が…」
そう言ってシャツの内側に垣間見えるチェーンを引き出し、間に通されたリングを見せてくれた。


「…お父様に戴いたの?」
「はい。ユウ様へのお誕生日プレゼントも兼ねていると伺いました」


その言葉に昔言われた父の言葉を思い出した。

''16歳になれば、専属執事をつける。''


お父様、あれは本気だったんだ…


嘘だろうと思いながら聞き流していた過去を思い出し、頭が痛くなる。


あたしは良家の一人娘、という現実。
次期当主として、家のことには反抗せず、常に優秀でなければならない。
言葉遣い、礼儀作法。
きっと今回の専属執事の件もそのためだろう。


「…執事さま、お名前はなんと呼べばいいですか?」

執事の方へ顔を向けると、綺麗な蒼色の瞳と目があう。

指先にはめられたリングと同じ。


魅了するような、蒼。


調子が狂う。
深い、深い、蒼。


口元から笑みを零し、彼はあたしの前に跪いて答えた。


「麗、と。お呼びください」




そして彼はあたしの執事になった。