「…じゃあ、俺が小玲にって貰ったもの。だからあげる」

はい、と缶を渡されて、菜束は思わず受け取った。

「…ありがとう」

頷いて、それを握りこむ。

──冷たい。


「…もう暗くなっちゃうよ?綿貫」

「うーん…帰るか、なぁ──小玲は?」

「私は…まだ帰れないよ」

「うん、…──じゃな」


碧は手を振って足早に屋上から出ていった。
きっと碧の優しさなのだろう。
菜束はそう思う。
夏実の話、警察関係の話、何も言わなかったのは、菜束が少なからず傷付いている。そう碧は考えたのだろう。

──気、遣わせちゃった。

実際のところ、夏実が刺されて大きな怪我をして、夏実が騙されていて、彼氏が警察に捕まった。

でも何かがぼんやりとしていて、
菜束は実感が湧かないというか。
現実味が無いというか。

菜束にとっては今、夏実が帰って来た事への恐怖の方が大きかったのだ。

きっと何処かで菜束は、夏実が帰ってこないことを願っていたのだろう。

「嫌な妹…」

菜束は自嘲気味に笑った。