妊娠期間の10ヶ月を差し引いたとしても、あたしは勇介が生まれた後にママのお腹に宿った命ということだ。


もしも父親が同じだとするなら、これほど残酷なことはないのかもしれない。



「あの日、奈々のお母さんを見て驚いたんだよ。」


体育祭のあの日のことだ。


足を怪我したあたしを勇介が家まで送ってくれた時に、ママと会った。



「親父の書斎の机の一番下の引き出しに入ってる、唯一の写真を見たことがあってね。
それがどれほど大事にしてる物なのかは、すぐにわかったんだ。」


「…それが、ママ…?」


そうだよ、と彼は言う。



「お母さんは多分キャバクラ嬢だと思うような格好してて。
写真の裏には“ナナ”って書いてた。」


ママが隠したがっていたこと。


きっと出会いはそこで、その先なんて想像に易い。



「そしてそこには通帳があって、“アサクラシズカ”の口座に、毎月決まった額を送金してた。」


馬鹿なあたしでも、ここまで聞けば勇介と同じことを思うだろう。


これのどこに、事実を否定すべき力があるというのだろうか。


あたしの名字を聞いて、彼は前に、驚いた顔をしてたことだってある。


何故、もっと早くに気付けなかったのだろう。



「出来る事なら奈々のこと傷つけたくなかったし、俺がひとり抱えれば良いことだと思ってた。
だからあんなことしたのに、やっぱ憎むことも忘れることも出来ないし、俺っ…」


そこまで言った勇介は、僅かに肩を震わせた。


彼にしてみれば、あたしは憎むべき対象で、家族を壊した存在だ。


なのに結局は、愛しさが勝ったのだろう。



「ありがとう、勇介。」