何であたしに内緒で、この部屋に連れ込んでんの?


だけどもそれを言うより先に、抱き締められた。



「言わなかったのは俺が悪かったけど、でも今更言えねぇし、それにお前に知られたくもなかったんだ。」



そんなことじゃない。



「俺は今、奈々しか見てねぇから。」



嘘言わないで。



「…だから、別れるとか考えるなよ。」


ヒロトはずっと、何だかんだであたしだけなんだと思っていた。


なのにもう、何を信じれば良いのかすらわからない。



「ごめん、帰る。」


「待てよ!」


「あたし今、ヒロトの顔見たくないから。」


この人の中で、あたしの存在は一体何だというのだろう。


樹里がいるのに、どうして引き留めたりするのだろう。


少しの沈黙の後、ヒロトは何も言わずに掴む手を離してくれる。


だからあたしもまた、何も言わずに背を向けた。


彼の家から出ると、すっかり陽は落ちていて、そして涙が伝った頬に吹く風は、余計に冷たさが増している気がした。


どこに向かって進めば良いのかすら、もうわからない。