人の存在価値は、自分にしか決められない。

兄様の口癖だった。

私が任務の失敗で落ち込む度に、
牢の中から兄様はそう言い励ましてくださいました。

兄様、私もそう思います。

自分が何故存在するか、存在する価値があるか等、
当の本人にしか決められないでしょう。

そんな敬愛する兄様、あなたを救う為ならば、
私は悪魔にでも魂を売れるんですよ。

そしてもう一人の兄様を殺す事も出来るんですよ。






「珀月、出番だよ。」

ハクゲツ。

私に与えられた名。

兄様が下さった名なのです。

「さぁ、シャイ・ニン。
珀月と共に、白江 美紗を捉えてね。」

話し声に微笑を混じらせる兄様。

横で苛立ちを隠せずに、足で地面を蹴るシャイ・ニン。

此処は兄様の寝室。

兄様の従者達からは望郷と呼ばれている。

太古の昔に、この場で魔王と神、支配者が、人々の愚かな戦乱を鎮め、
聖なる郷を望んだ。

それから此処は望郷と呼ばれるようになった。

流石は兄様だ。

こんな民達の理想郷に住まいがあるなんて……

「待ってくれ。

白江 美紗を捉えたら、本当に俺は支配下に入れるんだろうな?」

何て恐れ多いのか、兄様に向かってシャイ・ニンは人差し指を突きつける。

今すぐにでもその薄汚い手をもぎ取ってやりたい。

だが耐えよう。

所詮は今まで大罪を犯し、地下牢で歳月を越してきた狂者だ。

常識が無くてもしょうがない。

「えぇ、あなたにはそれなりの地位をお約束します。」

ふんっと、シャイ・ニンは鼻を鳴らすと、
長ったらしい紫電の髪を一回かき分け、
部屋の扉を堅いブーツを履いた足で蹴る。

汚らわしい。

何もかもが。

「珀月、期待しているよ。」

琥珀色のカーテンの後ろから、弱々しい兄様の声が聞こえた。

「御心の侭に。」

一度礼をすると、私は部屋から出て行った。