My Prince ~運命の出逢いは、アイドルと…~


ただ触れるだけの優しいキス。






―――触れるだけの――?





その瞬間、閉じていた瞼の裏に、雄哉くんと水沢まりちゃんの深いキスシーンが、くっきりと浮かび上がった。




「…ん、やっ!……」



気が付けば、雄哉くんを突き押して、無理やり離れていた。



雄哉くんが目を丸くして、あたしを見る。



「あ…ごめ……」





――雄哉くんのその唇で、

水沢まりちゃんと―――




そう思うと、涙が一気に溢れ出て、慌てて雄哉くんから目を逸らした。



「えっ、ごめん。笑佳ちゃん、どしたの?」




違うよ…雄哉くんのせいじゃない。



嗚咽のせいで、思ったことが上手く声に出せない。




雄哉くんの、心配げで申し訳なさそうな表情。





違うの…。



…あのキスは、仕事なのに……






すると何か思いついたように、あたしを見る雄哉くん。


「…もしかして、ドラマ見たの?」



気まずそうな様子で、雄哉くんはあたしに問いかける。



やっぱり、見ちゃいけなかったのかな…。





あたしは何も言わず、小さく頷いた。



「そっか…。

ごめん、だから言えなかったんだ。

出演が決まったときも、すげぇ嬉しくて、ほんとは笑佳に早く知らせたかったけど、
台本読んだら、笑佳に見てほしくないとか思っちゃって。」




…雄哉くん……





雄哉くんは、まだ完全に涙が渇かない私を優しく、今度は正面から抱きしめた。




「ごめん……嫌な思いさせちゃって」






「……ぅうん」



首を横に振るのが精一杯で。



あたしの涙が、雄哉くんの服に滲んでいく。






そうだったんだ。





雄哉くんも、平気であのキスシーンを演じたわけじゃなかったんだ



雄哉くんは、本当の気持ちを話してくれた。



あたしも、ちゃんと伝えなきゃ――。




「雄哉くん」


「ん?」


雄哉くんがあたしの身体を離して、瞳を見つめる。



「あたしの方こそごめんね。ドラマは雄哉くんのお仕事なのに。

嫌がったりして、こんな風に泣いちゃったりして…。


あたし、雄哉くんに相応しい彼女になれるように頑張るから。」



雄哉くんの瞳をじっと見て、そう言った。




すると、雄哉くんは微笑みながら、あたしの頭をぽんぽんと撫でた。



「何言ってんの?笑佳は、俺にとっての立派な彼女だよ。」




雄哉くんの言葉に、再び涙がじわじわと瞳に溜まる。



そんなあたしのおでこに、雄哉くんがキスする。






あたし、彼女でいいんだね……






「笑佳、泣きすぎっ」


「っ、だってー…」




雄哉くんと2人で笑い合った。


「えっ!彩香、デートしたの?」


絵梨が、大げさに目を丸くする。


「うんっ」


照れながら頷いたのは、絵梨のゆかいな仲間たちの1人である彩香(サヤカ)ちゃん。


「誰とー?」

「美奈ちゃん知らないの?3組の金谷(カナタニ)くんじゃん。」


「そういえば、好きだとか言ってたっけ。」


「今、彩香たち、超いい感じなんだよ!」



美奈ちゃんと絵梨が交互に喋って、それを聞いてる彩香ちゃんは頬をピンク色に染めた。




なんて可愛らしい…



「金谷くんと、どこ行ったの?」


「え、ショッピングモールだよ。」


絵梨の質問に答える彩香ちゃん。



「告られたりしたっ?もしかして、手繋いじゃった?」


「ちょっと、そんな突っ込んだ話、聞くのやめなよー」


絵梨を注意したのは、美奈ちゃん。




えっ?美奈ちゃん、自分はあたしに事細かく説明させようとするのに…?

にしても、羨ましいな……



デート………





「笑佳は?高瀬くんとデートしたりしないの?」



美奈ちゃんが、あたしの思ったことが聞こえたみたいにあたしを見た。



「うん……なかなかね…。」


「誘ってみれば?」


「誘うって?」



すると、美奈ちゃんの媚びるような猫なで声。


「『ゆぅやぁ、デートしよ?』」


「ぜったい言わない!」



「でもこれ、結構効くんだよ?」


「適当なこと言わないでよ。」


「なんだ、信じると思ったのに。」


「あのねぇ……。」




美奈ちゃん、お願いだから、もうちょっと真剣に考えてください…。

―――「笑佳っ、明日出かけよ?」



……え?



「出かける…って?」



その日の夜。


突然、雄哉くんから電話がかかってきた。



「急に1日オフになったから、笑佳と過ごしたいと思って。

明日、空いてる?」




うそ……?



「もちろん!」



今日、美奈ちゃんたちと話してたばっかだから、余計に嬉しい。



「笑佳、どこ行きたい?」


「んーっとね…」



自然と声が弾む。



「水族館か動物園がいい!」


「じゃぁ水族館にしよっ」


「うん!」

次の日。



やばいっ…楽しみすぎて昨日はあんま寝れなかった。


だって、雄哉くんと初デートだもん!




せっかくだから今日は、いつもより落ち着いた格好で行くことに。




白いニットワンピに、ニーハイブーツと、買ったばかりのグレーのベレー帽を合わせた。



髪もちょっと慣れない手つきで巻いて。



香水も、いつもより大人っぽい香りの香水にして。





雄哉くんとは、2歳しか変わらないはずなのに、



いつも何故かあたしがすごく子どもっぽい気がする…。






…雄哉くん、少しでも可愛いって思ってくれるかな…





そんなことを考えながら、アウターを羽織って家を出た。

――そして予定より、15分早く待ち合わせ場所に着いてしまった。



あっ。


黒いジャケットに、スキニーのデニムをブーツINした、タイトなシルエット。



遠くから見てもすぐにわかる。




「雄哉くんっ」



雄哉くんもあたしに気付いて、笑顔で軽く手を振った。



「ごめんね、待った?」


「ううん、今来たとこ。」



なんか今の会話、超恋人って感じっ(←ほんとにそうだけど)。


雄哉くんは、あたしの格好をじっと見た。



「……変…かな?」


「んーん、似合ってるよ。かわいいっ」




か……かわいい!?


雄哉くんって、そんなこと結構さらっと言えちゃうんだ…。



と思ったけど、それよりも雄哉くんに言われたことがすごく嬉しくなった。




「行こっか?」


「うんっ」



雄哉くんが自然と手を差し出して、あたしもその手に自分の手を重ねて、歩き出した。


―――「見てっ!いっぱいいる!」



水族館で、ガラス越しに泳ぐ様々な魚たち。



「あっ、ほら、サメっ」


「ほんとだ!超おっきいね」


「うんっ」



小さな水槽には、カラフルな魚がたくさん。


「かわいーっ」



ライトアップされた水槽の中で泳ぎまわる魚たちは、どこか神秘的で不思議な気分になった。



「綺麗だね…」


「うん。」



大きな水槽の前で、立ち止まる。




「魚って、羨ましいね。」


「え?」



あたしの呟いた言葉に、雄哉くんはあたしを見た。