人間性として千都瀬を嫌いになったのは、もう一つ私から大丈夫なものを千都瀬が奪ったからだ。

 「おはよう弐夏」「おはよう剛ちゃん。今日は余裕だね」遅刻魔の剛ちゃんと学校の手前で出会った。腐れ縁の一人である。
 「今日音読テストだもんで、了時に教えてもらおっかっと…期待はせん方がええけどな」「了時…きっと無視だよ?」転勤族の父親をもつ剛ちゃんは、数回転校するたびに、この町に戻ってくる。社交的な剛ちゃんは、当時の仲良し幼なじみ組の中で唯一、昔みたいに話ができる。
 家が近くて、お母さん同士が同級生。小さな町だから、まだまだ近場の高校へ行くという風習がある。幼なじみといっても、こんな繋がりだけ。実際、幼なじみ組の了時とは高校生になってから話をしていない。いつの間にか背も抜きん出、教師からあつい眼差しを受ける優等生には、私から話しかけてはいけない気がして。
 一方はこんな秀才になって、一方は不良になって、また一方はクラスの人気者で、かわってないのは私だけになってしまった。
 また渡り廊下で千都瀬を見た。今日はタバコの匂いがしない。「…」挨拶もせずに前を通った。目線だけを感じた。
 嫌だった。話にくい、そんな距離。