ふと、気付いた。
私は何のためらいもなく
楠本さんの隣に座っていたということ。
当たり前かのように、
座っていた。
そんな私を雅樹はじっと見ていた。
目が合うと、もうさっきみたいに笑ってくれなかった。
あからさまに目を反らし、
「名前は?」
楠本さんにそう聞いていた。
「いきなりだな。」
「当たり前でしょう。彼女を奪った男の名前を知らないのは、腑に落ちませんから。」
そう言って冷たく笑う。
背中がゾクッとした。
「雅樹…違うの。奪ったとかじゃなくて勝手に私が…」
「そうやって、この人をかばうのが一番気にくわない。」
そう冷淡に吐き捨てた。
その時でさえ、雅樹は私を見ない。
「ごめん…」
そう言い掛けたとき、
膝の上にある頑なに握り締めていた私の手を、楠本さんが優しく包んだ。
「そんなに怒るな。」
楠本さんは困ったように眉を下げると、
「不快にさせて申し訳ない。」
雅樹の目を見て、そう答えた。
なんだか私への謝罪にも聞こえて、涙が出そうになった。