「そろそろ入ってください」とスタジオのアルバイトのコンビニの夜勤とかけもちをしていそうなお兄さんに300円を払い、促されて入ったCスタジオの中はとても狭かった。普段はただの練習のハコとして使っている所に無理矢理お客を入れているので、全部で20人ほどの客とはいえ、すぐギュウギュウになる。防音のためか窓もなく、入り口のドアが唯一の通気孔だ。「せっかく来たんだから一番前で見よ」という友人の言葉にしぶしぶ蒼子は前に出た。さすがにボーカルのまん玲の前に陣取るのは気恥ずかしく、上手のギターの前に落ち着くことにした。狭いハコの中は人いきれで蒸し暑く、制服が素肌にはりつく。四人のメンバーが定位置についてシールドを刺したり、スネアを固定したりし始めるとざわめきが次第に止んだ。ボーカルの玲以外は全員男だった。見に来ている客の様子からすると彼らは、蒼子達の学校と偏差値が近く、比較対象される機会の多い隣の男子高の生徒らしい。ドラムは髪をオレンジに近い金髪に染めて左の耳にだけピアスをしている。そのピアスが玲と同じだったので、二人が恋人同士であることは容易に想像がついた。ステージで準備を進めるメンバーを眺めながら、奥手の蒼子は二人の付き合いに思いを馳せて一人頬を熱くしていた。
カウントから一曲目が始まる。コピーバンドを見るのは初めてだったが、彼らの演奏は期待をしていなかっただけに感動が大きかった。普段ラジオで聴いているような曲を目の前でただの高校生たちが演奏していることに蒼子はとても興奮した。ステージのどこを見ればいいか分からず、一人ひとりをじっくり観察していく。