風が夜ととうもろこしの匂いを運んでは連れ去って、流れていく。
ずっと見守っていた存在を失ったとうもろこし畑は、どこか寂しそうな…そんな風にも見えた。
「…そういえば、最後になんか物騒なこと言ってたね」
「そうですね…わるい魔女、とか…」
その言葉にふと思い浮かんだのは、ヘレンの顔。
魔女だったというヘレン。でも未だにうららには信じられなかった。
白髪混じりのブロンドが日の光を纏ったように輝いていて、いつも優しく強く、気高くて。
皺が刻まれても綺麗な人だと身内ながらに思っていた。
うららの自慢の、おばあちゃんだった。
ヘレンはお菓子作りと庭いじりが好きで、家には大きなかまどもあった。
庭には多くの草花。
家に帰るといつも、鼻をくすぐる甘いお菓子の匂いに迎えられて…
「……あ、れ…」
「…うーちゃん?」
「……、わたし、家の記憶が…」
今、なんでもないことのように思い浮かべたのは、うららとヘレンが暮らしていた、家。
――そうだ、あそこが、わたしの家だ。
確信したその瞬間、頭の中で記憶がはじけた。
――そうだ、どうして忘れていたんだろう。わたしとおばあちゃんと暮らしていた家は、緑に囲まれたレンガ造りの大きな家。絵本に出てくるような、光の溢れた暖かな家だった。
「思い出したの?」
「はい、でも…、なにかがひっかってるような…」
思わずこめかみを押えるうららを、リオが心配そうに覗き込む。
やっぱり全部は、思い出せない。
不可解な感触。
――家に居たのは、おばあちゃんだけ? そうだ、わたしの両親は…? それにもっと大事な、なにか──誰かが。
「……だれ、か…」
大事な場所、大事なもの、大事なひと。
ぼやける記憶の向こうに居るのは、だれ?
わからない、頭が痛い。
目の前が霞む。
──思い出せない。
――どうして…
うつろう視界の端、目にとまったのはあの家。
かかしが、うららの家だと言っていた──
「……じゃあ…あそこは──誰の、家…?」
無意識に呟いたうららの足は、その家へと向かって歩き出していた。