「…僕のこと、分からないの?」
そっとうららを覗き込む少年の少し毛先にクセのある髪が揺れ、綺麗な青い瞳に自分が映る。
そこに映っているのは、紛れも無く自分。
自分が誰なのかは、きちんと分かる。
でも。
目の前で自分の名前を呼ぶこの人が一体誰なのか、まったく分からない。
「気が動転してるのかな…大丈夫、大丈夫だよ、うらら。とりあえずケガがなくて、本当に良かった」
微笑んでそう言った彼は、どこか寂しそうな顔を見せながらもやさしくうららの手をとった。
まるでいつもそうしているように、ごく自然な動作で。
彼に触れられることに何の警戒も抵抗も無いことに一番驚いたのはうらら自身だった。
うららは極度の人見知りで、人と触れ合うことに慣れていなかった。
だけど彼がうららに触れた、その瞬間。
「──…っ」
胸が、疼いた。
それは吸い込んだ酸素と共に全身に向かいながら、まるで条件反射みたいにうららの体から力が抜けていくのを感じる。
それと同時に自分の中を、満たすのを。
――そうだ、これは…この温もりはいつもすぐ身近にあって、わたしにとって大切な温もり。なにより、確かなもの。どうして、忘れたりしていたの…?
泣き叫びそうな心臓がそれを伝えた。