「私がダレなのか。いまそれは重要なことではない。確かにオズと呼ばれる存在ではあるけれど、エメラルドの都に居たオズではないしね。ただ役割を担い、この姿を借りているに過ぎないのだから」
仮面の男は言い、翳されたその手が光を帯びる。
風は吹いていないのに人工的な風が吹き荒れていた。
それはオズと呼ばれた男の手から、作り出された風。
「知っているかい? 〝偉大な魔法使い・オズ〟の正体を。オズという魔法使いなど、本当はどこにもいないのだよ。オズは魔法なんかひとつも使えない、ただの人間だったんだ。だから魔女たちを恐れた。だけどね、童話の中でも彼は、物語の住人たちの願いを叶えたんだ。言葉の魔法と、オズの名前の魔法さ。オズの国に住む人々が、彼を信じ敬う者たちが、彼を偉大な魔法使いにしたんだ」
魔法が使えること…願いを叶えてもらえること。
当たり前だと思っていた。
疑わなかった。
だけどそれは、自分の思い込みで完結する世界での話だった。
オズの国の住人にとってオズが偉大な魔法使いであることは、目には見えない真実。
たとえそれが嘘だとしてもきっとあの国では揺るぎない真実として、永遠に在り続けるんだろう。
「この世界のオズも同じだったけれど、〝夢みる王子〟の魔力のおかげで、オズもオズの国も一抹の力を得た。それでもオズは、東西の邪悪な魔女たちには敵わなかった。魔法が、力が、今この世界の均衡を崩そうとしている…皮肉なことだ。でもすべては、物語が開かれた瞬間に始まり、そしてやがて終わる…そうしてこの物語はいま、終章へと向かっている」
ピリピリと、鋭い熱を孕んだ風が塔全体を取り巻いていた。
その場に居た全員が思わず怯む。
その様子を見届けながら、北の魔女が微笑んでオズの言葉を継ぐ。
「うららの最後の選択の時です。何を望むか、彼女が何を選ぶか…最後の選択。そしてあなた達の願いの果てがこの先に待っています」