『逃げるんだな、お前は。あんなに慕っている妹を置いて。そうやってカンタンに、裏切るんだな』
──うるさい…
『重荷になったんでしょ? 価値観なんて、大事なものなんて人それぞれだよ。ホントは一番よく解ってるんでしょう? だけど自分もそうだなんて認めたくないから、だからおれを否定したんだ。生きる為に、自分の為に、要らないものをあっさり切り捨てられるおれが、ホントは羨ましいんでしょう?』
ちがう、オレは。
切り捨てていいものなんてなにひとつ無いと思ってた。
そんな理不尽、受け入れられるはずがなかった。
それを受け入れたら、ゆいは──
『アンタが一番、中途半端ね。自分の弱さを知ろうともしない』
────ちがう…!
ちがうのは、否定したいのは、受け容れられないのは、こんな理不尽じゃなく。
──こんなにも弱い、オレ自身だ…
ゆいを置き去りにして逃げた自分。
そんな自分を決して認められなかった。
一番大事だと思っていたものを、守れなかった自分を…オレは一番、許せなかった。
…まだゆいが生まれる前。
クラスでも学校からも孤立していたオレが名前を呼ぶのは…アイツらだけだった。
オレ達の関係を、友達なんて呼ぶにはあまりにも希薄で、時折言葉を交わす程度で。
一緒にいる時間が長いワケじゃないのに、共通点なんか何もないのに。
オレたちはどこか似ていた。無意識にそう感じていた。
他人から一定の距離を保ったまま、学校でも、外でも、家でも。
どこか居場所を見失いながら。
ずっとなにかを探していた。
リオも、アオも、――そしてオレも。
いつもひとりだった。
いつからかはもう殆ど覚えていないけれど、周りの他人よりは近い存在だと、そう思っていた。
だからオレの名前を忘れたリオを許せなかった。
冷めた目でしか見なくなったアオとは関わる気すらなかった。
アイツらと関わることなんてもう一生無いと、そう思っていた。
――なのに。
オレ達は何故かこの不可思議な世界で共に過ごし、一時の呼び名を呼び合っている。
一緒にいる気なんか無かった。とにかくはやく帰りたくて戻りたくて、アイツらと関わるなんてゴメンだったのに。
それでも帰る為には、同じ道を往くしかなく。一緒に居るしか、なくて。
こんな場所にくるまで、一切関係を絶っていたのに。
すべて捨てたはずなのに。
───どうしてオレ達だったんだろう。
遠くでライオンの咆哮(こえ)が聞こえた気がした。