『…東の魔女が、ジャマをする気だ…ボクたちをうららに会わせたくないんだ』
唸るように呟いたライオンの声には緊張感が混じり、ライオンの見据えた視線の先に思わず自分も身構える。
その視線の先には、黒いインクをポタリと垂らしたような黒い滲みが湧き出ていた。
灰色の背景が歪み、それがゆっくりと広がってゆく。
それはやがていびつながらも形を帯び、闇色の無数の手が這い出してきていた。
後から後から沸き出で、体積を増してゆく。
悪意の塊だ、まるで。
その光景にぞわりと鳥肌が立ち、思わず一歩引く。
「……キモ!!!」
『レオってば以外にのんきだなぁ』
「イヤあれフツウにキモいだろ! なんだよあれあんなのどうすんだよ!!」
『いまのボクの力じゃ、東の魔女の呪いに太刀打ちなんてとてもできないよ。ここはひとまず…』
声音を落としたライオンの言葉にレオは慎重に耳を傾ける。
そうしている間にもその黒ずむ手の群れは、じりじりと距離を詰める。
目なんかどう見たって無いのに、その先にはしっかりとレオ達の存在を捕らえていた。
その異様な光景に思わず汗が滲む。
ジャリ、と足元で小さく砂が鳴り、ライオンが隣りで大きく吼えた。
『逃げよう!』
「……ッだよなおまえぜってぇ弱そうだもんな! 期待したオレがバカだったぜ!!」
『ヒドいよレオ! だってどう見たって無理だよ! いろんな意味でっ』
前方を見据えたまま合図も無く踏み込んだ足に力を込め走り出したのと同時に、その黒い手の群れも勢いを増してレオ達に襲い掛かってきた。