確かなものなんてきっとこの世界のどこにもありはしない。
だから。

暗闇に沈んでいった哀れな母親のようになるくらいなら、ひとりで生きていく方が、誰とも関わらずにいられる方がよっぽど気楽だと、そう思っていた。

母親から滲み出た暗闇はもう無くなった。
あの日に母親は死んだのだから。

やっと解放されひとりになった。
ひとりの静寂と暗闇はアオに心地よかった。

そう、思っていたのに。


「──オ、……い…」


この〝世界〟は光が溢れすぎていた。
きっと、だからだ。
見るもの触れるものすべてが、痛いくらいに眩しくて─―


「アオ、せ…、…、」


…声が名前を呼ぶ声が、聞こえてしまうから…
届いて、しまうから。

どこか母親にも似た、彼女の泣き声が。
嫌いなはずなのに、振り払えない。

裏切られるだけかもしれないのに、何を求めているのかも分からないのに。
手を伸ばさずにはいられないのは──


「アオせんぱい……!」


――たぶん、きっと。

きみが流した涙を綺麗だと、そんなバカげたことに心を奪われたからだ。

誰かの為に、誰かを思うその温かな情に。
焦がれていたのも、認めたくないけれど事実。

アオが知りえなかったもの。
だからこそ、心は求めてしまった。

不本意だった。
だけどそういうのも、この世界なら悪くないとそう思えた。
今なら呼べば、手を伸ばせば、届く気がした。

彼女の名前を。


「──うらら…!」


手を伸ばしたその先に光が灯る。
その光はアオが想像していたよりずっと、温かい光だった。