娘はマグロの入った袋をぶら下げながら、森を歩いていた。
街から少し離れた森の奥に住んでいるのだ。
「舞踏会、か…」
生まれて一度も行った事がないので、娘は少なからず舞踏会に興味を示していた。
(食べたり飲んだりダンスしたり…
私には一生縁がない所だな…
……でも…、行ってみたいな…。)
服はどうしたらいいのかとか、今日の夕飯は何にしようかとか、どうでもいい事を考えながらのんびり歩いていた。
「…?」
すると不意に前から誰かが歩いてくるのが見えた。
(誰だろう…?
こんな所に人が寄り付くなんて…)
よく見るとタキシード姿だった。しかし顔を見ようとしても、鍔の長い帽子が影をつくり、はっきりと見えない。
「………」
そのまま青年は娘の横を何事もなく通り過ぎていった。
……娘は立ち止まり、一度振り返る。
(誰だったのかな…?
タキシードって…街の人じゃないよね…)
遠ざかるタキシード姿の青年の背中を見えなくなるまで見つめる。
「…あ。
いけない、早く帰らないとっ」
漸く我に返った娘は、急いで家まで走っていった。