坂の下のほうから聞こえたその声。
あたしを名前で呼ぶのは、親か観月か、それに…
咲之助。
歩みを止めて後ろを振り返る。
傘が風の抵抗を受けてうまくくるっと回れなかった。
「お前今までどこいたんだよっ」
怒り混じりの声が坂を登ってくる。
よたりながら坂の下を見ると、生まれつき色素の薄い髪の毛をボサボサにして、自転車をまたぐ咲之助の姿があった。
「サクだってそうだよ。お互いさまだよ。」
傘をくるくる回しながら、平坦な声で言う。
「バカヤロっ お前は女なんだから危ねんだよっ 一人歩きのリスクがちげんだよっ」
自転車を降りて押しながらズカズカ坂を登ってくる咲之助。
ボサボサ頭に腕捲り、ズボンの裾までまくりあげ、田舎丸出しの格好だった。
「リスク? 知らないよ」
「知っとけよっ」
息を荒げて近づいてくる咲之助を待たずに、唇を尖らせてまた坂を進み出す。
「おいっ」
咲之助の怒ったような焦ったような声が聞こえると、自転車のキコキコ言う音が早くなった。